清めの塩、盛り塩の意味

 

 

清めの塩盛り塩について、ご質問をいただくことが多いので、ここで
ご紹介します。

 

 

 

清めの塩や盛り塩について、誤解されている方がほとんどのようです。
恐らく、清めの塩や盛り塩とを結びつけ、人の興味や不安をあおる輩
(やから)が多いためだと思われます・・・。


霊の侵入を防ぐ方法として、玄関先に盛り塩を置く方法などを紹介して
いる人がいますが、それは全くのデタラメです。また、体についた霊を
祓うために塩をふるというのも間違いです。


身近なところから考えてみましょう。あなたは、が怖いでしょうか?
盛り塩が玄関先に置いてあると、その玄関に入れないでしょうか?その
ようなことはないですよね。仮にあなたが亡くなったとして、霊として
存在するようになったら、それまで怖くもなかった塩が恐ろしくなるの
でしょうか?


盛り塩には縁起担ぎや厄除けなどの意味がありますが、それがいつの間
にか霊と結びつき、人の不安をあおる材料とされています。盛り塩の盛
り方や置き方などを独特の妄想と解釈で人に紹介し、不安を募らせるだ
けのものと今やなっているようです。

 

 

盛り塩には諸説がありますが、一つに中国の故事があります。秦の始皇
帝には、始皇帝に仕える大勢の女性がいました。毎日女性宅を訪れてい
た始皇帝でしたが、自身で女性宅を選ぶのが大変であったため、牛車に
乗り、その牛が止まった女性宅を晩の宿とすることにしたそうです。


始皇帝に仕えていた女性の中に賢い女性がいて、自宅の前に牛の好きな
塩を置いたそうです。そのため、牛車が女性宅の前で止まり、その女性
は始皇帝から寵愛を受けるようになったとあります。その故事が転じて、
商売繁盛となり、縁起を担ぐという意味で店先などに盛り塩をするよう
になったと諸説にあります。


しかし、これは時代背景からすると、その故事から盛り塩が広まった可
能性は低いと学者間ではみられているようです。(故事には、牛と羊の
お話が二つあります)


その他の説では、神事仏事から盛り塩が行われるようになったとあり

ます。神事では祭壇に盛り塩を供える風習があり、仏事でも葬儀後に塩
を撒く風習が土着信仰としてあります。


この神事・仏事でも、霊の侵入を防ぐためとして、また霊を祓うため、
魔除けのために盛り塩や清めの塩を使う訳ではありません。結界にも使
いません。塩は穢(けが)れを祓うために使うものです。穢れとは、曖
昧(あいまい)な言葉になりますが、霊を指すものではありません。


仏教では死を穢れとみませんが、神道では死を穢れとみます。神道で死
を穢れとみるのは、死者に対してではなく、死という事象が穢れている
というような意味合いです。ちなみに、浄土真宗では清めの塩を使う必
要はないとも言われています。

 

 

清めるということは穢れを祓うということ、つまり穢れは「気枯れ」を
さし、「気枯れ」は「生命力の枯渇」を意味します。そして、それを祓
うということは、対象物を正常(生命力を満たす)に戻すというような
ことです。

 

 

清めの塩盛り塩を間違って使わないようにしてください。霊を祓う、
又結界のためという意味で塩を使うということは、死者への冒涜(ぼう
とく)にもつながりかねません。

 


あなたが塩をかけられたとして(気分はよくないですが)、恐れないの
と同じで、にとってみても全く恐れはありません。人が亡くなると、
魂として別次元へいきます。たとえ、玄関や部屋に盛り塩を置いたとし
ても、それは3次元の世界に住む私達の空間だけの話しにすぎず、別次
からすれば、玄関や部屋は関係ありません。極端にいえば、霊からす
れば、自由にどこからでも出入りができるということです。

 

 

 

 

 

自由な発想を否定するつもりはありませんが、塩一つをとっても、安易
に霊に結びつけることはいかがなものかと思います。自由な発想とはい
え、人を不安に陥(おとしい)れる言動が、横行していることに苛立ち
を隠しえません。



他にも、みなさんが誤解されていることを書いています。こちらも、ご
覧下さい →  「オーラ」  「


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