神様との瞑想   具体的祈り



神様との瞑想(具体)」では、具体的な願い方を紹介していきま
す。

まず、神様という属性のエネルギー体への作法仕来(しきた)り
についてですが・・・
これについては、あまり気にせず心に目を向けて下さい。神仏への
作法や仕来りは文化的にも大切なことではありますが、作法や仕来
りの意味を良く理解された上で行うことが望ましいと思っています。


古来より神仏に対しては、五穀豊穣や無病息災など祈願と感謝の念
を伝えていました。この祈願は人が自然と共に生きるための願いで
あり、また純粋な感謝へとつながりました。


ところが、経済が発展するにつれ、人の欲も増え願いも様々なもの
へと変化し、貨幣の出現が人の生活を便利にした反面、感謝の念も
簡単に、そして希薄なものへと変わりました。


便利な生活や欲の増加と執着が増すなか、神道や仏教などの宗教も
発展するにしたがって、神仏に対する心構えが改めて必要となって
きたわけです。

 


神仏への作法や仕来りは、神仏に対する畏敬の念を抱かせるための
ものであり、また人を戒め自然などを尊ぶ心を忘れさせないためで
もあります。


神仏を前にして神妙な趣きで相対すること、また純粋に真剣に向き
合う心構えができていれば、作法や仕来りにとらわれず祈願ができ
ます。そのような心構えができなければ、作法や仕来りに忠実であ
っても意味がありません。作法や仕来りは、願いを叶えさせるよう
な魔術的なものではなく、祈願する人の心を正すためのものです。


仮に、神仏への祈願が軽い気持ちになられるようでしたら、例えば、
祈願の前に入浴し体を綺麗に、また下着や服装も清潔なものを身に
付け祈願されますと、それだけでも真剣な心になられるかと思いま
す。

 

神仏に対しての具体的な願い方というのは最低限の作法として、二礼
二拍手一礼から、しっかりと手を合わせて拝みます。実は、この手を
合わせるということが重要になってきます。その理由は、ブログにも
記載していますが(手を合わせたお祈りの絡繰(からくり))、合わ
せた手が祈願する人にも神仏にもアンテナのような役割を果たします。


手を合わせ、手の平の暖かさやチカチカ感等(瞑想が上達されますと、
このような感覚が分かってきます)を感じながら祈願するということ
は、心や体が一つになっているという証拠になり、拝む準備ができて
いるということを表します。


何故かと言いますと、手の平の暖かさやチカチカ感を感じるためには、
深い瞑想状態とまではいかなくても、心身に落ち着きとリラックス、
又真剣さがなければ、そのような手の平の感覚が分かりません。この
感覚の状態のとき、心には「」に近い土台が出来上がり、純粋な心
となれます。



このような心で祈願をされますと、心と手から発せられる熱意に神様
という属性のエネルギー体が感応するわけなんです。


祈願される内容ですが、これは正直な理由も含めて祈願されて下さい。
単にお願いの内容だけですと、場合によっては意識下に後ろめたい心
が残り、その後ろめたい気持ちが神仏へ伝わりやすくなります。

神様との瞑想(神様)
神様との瞑想(方法)などを改めて参照いた
だきますと、ご理解されると思います。また、神仏への願いとして、
ブログにも書いていますが(お願いの内容は、少し噛み砕いた表現に
しています)、参考に読んでみて下さい。



祈願の内容で大切なことは、『理由』も含めて正直な内容を、真剣に
心の底から思う内容にして下さい。そうなったらいいなぁという希望
のような程度では、願いが叶うことは難しいです。また『理由』が正
直でなければ、正確で簡潔でなければ、意識下に負の気持ちが残りま
すので、気を付けて下さい。


祈願した後は、しっかりと行動するだけです。私達の世界は物質世界
でありますから、この頭や体を使って行動しなければ、望みは叶えら
れません。自分を信じて行動を始めたとき、必ず何かしらの変化が出
てきます。この時に感謝を忘れず、前に進めたら感謝して、また前に
進む。この繰り返しが好転を生み、望む方向へ導いて下さいます。

 

 

 

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