霊は見えるのでしょうか?

 

 

について、ご説明します。


「あなたに、霊がついている」などの話しをする人がいます。また、
霊が見えるという人もいます。



霊が付いている、付いていないとか言う人は、霊を「もの」として捉
えています。人に物が付いている、付いていないということと同じ発
想です。

 

 


例えば人の霊体とは、魂であり異次元の世界のエネルギー体です。そ
れは、流動的で無限に広がるエネルギーのなかに存在します。そんな
エネルギー体を「もの」として扱う見方は、物質世界からみる感覚に
すぎず、霊体をまるで人の形をしているかのように考えています。人
の霊体は、基本的に目で見えるものではありません。



霊が見えるという人がいますが、「オーラ」で『人の目に見える光は、
決まっています。可視光線といわれるものですが、電磁波のなかで人
の目に見える波長のことです。この可視光線以外、つまり人の目に見
えないものが紫外線であったり赤外線であったりします。』とご説明
しているように、人に見えるものは決まっています。



霊が見えるということは霊が物質として存在し、それに光りがあたり
反射しなければ、人には見ることができません。霊が見えるという人
がいれば、他の人にも霊が見えるということになります。それでも、
他人が見えない霊が見えるという人がいるとしたら、目と脳が人と違
う器官になっています。また都合がいい事に、霊が見えるという人は、
普通にテレビは見てますし、赤外線や紫外線は見えません。



霊能者の見方は、目を開いて霊を見るのではなく、目を閉じたまぶた
の裏に映る霊を見ています。正確に言うと脳で霊を見ています。脳で
霊体のエネルギーを受信し脳の中で画像を見ているわけです。ただ、
目を開けて深い瞑想状態に入っているときは、脳に見える画像が目の
前に映し出されることはあります。これは、霊体自体を直視するとい
うことではなく、焦点をずらした方法で目の前に霊体が映し出される
ということです。



生霊が付いている、付いていないという話しも同様に、生霊が目で見
えるわけではありません。生霊とは、もともと霊体でもなんでもあり
ませんし、死霊という言葉の対比にある言葉です。生霊という言葉は
平安時代からありますが、当時の娯楽として、文学作品にある書物の
材料であったにすぎません。また当時は、医学や科学、物理学等に乏
しいこともあり、見えない世界が恐怖を増長させていたのでしょう。


 


憎悪や嫉妬、恋慕の情などの強い念が生霊となって人に取り憑くとい
う人もいます。確かに憎悪や嫉妬、恋慕の情などは醜いほど根が深い
感情で、誰もが経験するものです。誰もが経験する強い感情であるた
め、「生霊とは憎悪や嫉妬、恋慕の情などの強い念である」と言われ
れば、納得しやすいだけで、その延長線上に生霊の可能性を想像しや
すいにすぎません。また、念だけで人に災いをもたらせるというのな
ら、念だけで物を動かすことができるという話しと何ら変わりはあり
ません。



神様という属性のエネルギー体は、人などの霊体と違い、見えると
きがあります。このことについては、霊にまつわる音とあわせて後日
掲載します。)

 


他にも、みなさんが誤解されていることを書いています。こちらも、
ご覧下さい。   「オーラ」  「盛り塩 清めの塩




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