瞑想と霊性に係わるもの


ここんとこ、ずぅ~っとご質問にそって書いていたんですけど、とり
あえず今回の記事で溜めていたご質問がようやく終わりになります。
多少、ご質問に対するお答えが抜けていた部分もありましたが、詳し
くはまた別の機会に書くようにしますね。
(前回のブログは、最後の賭け(瞑想の極意)、直観で試験を解く。
そして、合格へ・・・
です)


んで、今回は瞑想に関連したご質問について書いていきます。

 

 

 

瞑想の注意点と危険性について



瞑想を行っていて、霊的世界に引き込まれたり錯乱したりすることは、
まずありません (-’д-)y-~
瞑想の注意点と危険というブログへのご質問から、今回の記事を
書いています)


本やサイト等では、そのような危険性もあるようなことが書いてあっ
たりするようですけど・・・ そもそも、瞑想がどのようなものなの
か、理解されておらんとです。



瞑想を行っている最中に、例えば何かしらの霊体の声が聞こえたり、
瞼(まぶた)の裏に顔のようなものが映ったりしたとしても、これ
をもって錯乱した状態とか幻覚や妄想、統合失調症(精神分裂症)
等と果たして言えるんでしょうかねぇ?ほんで、霊的世界へ引き込
まれることがあるとでしょうか?



錯乱した状態とは・・・ 辞書を見ると、感情や思考が混乱するこ
と等と書いてあります。まぁ あたふたしてなかったら、あてはま
りませんかね。



幻覚や妄想とは、外界からの入力がない感覚を体験、激しい思い込
み等のことを指しますが・・・ 外界からの入力がない感覚とは、
例えば声等を発生するようなものが視覚で認識できないのに、声等
が聞こえる場合が考えられますけど・・・



視覚で認識できないけど、声等を発生するものが存在すれば、幻覚
ではないということになりますよね。



妄想など思い込みが激しい状態については、声等が聞こえたのに、
又瞼の裏に映像が映ったのに、それは勘違いですよという意味で
す。



統合失調症(精神分裂症)とは、錯乱や幻覚、妄想を合わせたよう
なもので、それに病名をつければ、このような病名になるというこ
とです。




結局はですね、霊的世界を認めるか認めないかの話しでして・・・
霊的世界を認めないという人からすれば、上記のような場合は錯乱
や幻覚、妄想になるわけで、認めるという人からすればそうじゃな
いということになるとです。



瞑想の知識や経験がない人が瞑想中に初めて声等が聞こえたり瞼の
裏に映る映像をみて、錯乱するってことはあるかもしれません。た
だ、瞑想中にそのような事が起きることを事前に知っていたら、錯
乱することはないと思うとです。



佳蔵院のサイトでは瞑想と霊性に関することを書いておりますので、
錯乱する方はいないと思うとですけど。ただ、他の本やサイトを見
て瞑想を始められた方は分かりませんが。



っていうかね、瞑想の予備知識等を知らず、瞼の裏に映る映像が見
れることはあっても、瞑想をやって声等を聞けるケースって正直な
いと思うとです。



声等が聞けるケースっていうのは、ある程度深い瞑想に入らないと
できんとですけどねぇ・・・。瞑想の知識や予備知識等がなくて深
い瞑想に入れるほど、瞑想は簡単じゃなかです。瞑想の知識や予備
知識、理解等をもっている方であっても、深い瞑想への手順や練習
等がなければ、ある程度の深い瞑想にそうそう入れるもんじゃなか
ですばい (´-ω-`)



それと、錯乱や幻覚妄想、統合失調症(精神分裂症)などは、理解
できないものに初めて触れて起こるものだと思うとですよ。理解で
きないものに突然初めて遭遇したから、そんな症状になるわけで。
そんな症状になってから、それこそ幻覚や妄想を体験するようにな
ると考えたほうが自然だと思います。



ですので、瞑想中に声等が聞こえたから、又瞼の裏に映る映像が見
えたからといって、その時点で統合失調症等ということにはならん
と思います。



まぁ似たようなものに、薬物等がありますよね。これだったら、分
かります。薬物等で脳に過激な刺激や異常にホルモンが分泌された
場合、本当に錯乱や幻覚妄想、統合失調症(精神分裂症)等を起こ
します。薬物等を利用した場合に起こるものを、錯乱や幻覚妄想、
統合失調症等とするなら分かるとです。



脳機能障害等がある人であれば、薬物等の影響がなくても、統合失
調症になるケースはあるんでしょうけど、正常な方が瞑想で体験し
たことをもって、錯乱や幻覚妄想、統合失調症とするのはあまりに
も乱暴すぎると思います。



また、瞑想をやっていると霊的世界へ引き込まれるという話しは論
外です。物質世界の人間(魂)が霊的世界へ引き込まれるとしたら、
それはこの世での死を意味することでして、そんなSF小説みたい
な話しは、サイト内のブログ等にでも書いていますけど、創作され
たものを鵜呑みにしているか、単に不安をあおっているにすぎませ
ん。

 

瞑想って、結局何なの?



でね・・・ そもそも瞑想って何なのって思わないですか?



瞑想がどういうものなのかを知らない人からすれば、つまり瞑想を
本格的にやったことがない人とか瞑想状態まで入りきれてない人か
らすれば、本来の瞑想中に起こることが理解できんとです。



瞑想を行えば、リラックスできるとかストレスが軽減できるとか、又
爽快な気分になるとか、その程度のことをもって瞑想と考えている人
がいたとしたら、それこそ統合失調症になる可能性があると思います。



その程度のことであれば、腹式呼吸でも十分ということです。腹式呼
吸の効果を調べてみれば、よく分かります。またね、その程度のこと
なら、わざわざ瞑想に執着せんでも、腹式呼吸でも十分ですし、運動
をするとか音楽を聴くとか、又お酒でも飲んでワイワイしたほうが、
よっぽど早く効果があると思いますよ。



リラックスやストレスの軽減、爽快な気分というものは、確かに瞑想
でも得られるものですが、けれど本来の瞑想におけるその位置付けと
いうものがあって・・・



つまり、リラックス、ストレスの軽減、爽快な気分というものは、厳
密にいえば、瞑想状態に入るまでの過程にすぎんとです。そんな過程
を経て瞑想状態に入るとです。



よかですかぁああああああああああヾ(*`ェ´*)ノフンガ~



でね、瞑想がある程度できるようになれば、誰でも気付くことがある
とですよ。それはね、瞑想っていうもんはどうも 『 脳 』が関係して
いるようだなぁって気付くとです。


脳が関係していることにさえ気付かないようじゃ、瞑想状態に入って
いるとは言えんぐらい、当たり前に気付くとです。


つまり、腹式呼吸が脳や体にに与える影響っていうもんに気付くとで
す。これについて書き始めたら、かなりの量が必要になるので、ここ
では書けませんけど(メルマガでは説明しています)。

 

んで、どういうことかというと・・・ 人がまだ言語をもっていない
時代までさかのぼりますけど、そんな時代っていうのは毎日が生きる
か死ぬかぐらいの緊張した日々を過ごしていたとです。毎日の食べ物
さえ得ることに必死で、また外敵にも備える必要もあるなかで、右脳
の能力が正常に機能していたんです。



つまり、感覚が非常に敏感になっておったとです。食べ物に対しても
外敵に対しても、又自然に対しても、右脳がもつ優れた感覚が機能し
ていたとです。恐らく、現代の人間が聞き取れない音や視覚として認
識できないものさえ見えていたり、聞こえていたりしていたと思いま
す。ある意味本能です。



ところが、社会や文明が発達するにつれ、それまで必要だった右脳
の機能が不要になっていくとです。言語が発達し、食べ物も簡単に
手に入るようになったし・・・ また外敵から命を奪われる心配も
なく、明日の天候も事前に分かるようになり、災害にも備えること
ができるようになったわけです。



自分の右脳の代わりを社会のシステムや科学、技術、製品等がやっ
てくれるようになったとです。




私達って、本等を読んでいても意識していなかったら、書いてある文
字さえ見えてないことがありますよね。音でも意識していなかったら、
気付かないこともあります。現代人の脳は、意識していないものやあ
るはずないと思い込んでいたら、あるべきものに全く気付きません。



こんな状況になった右脳を瞑想によって再活性化させるところに、瞑
想の秘密があるとです(右脳だけに限ったことではありませんが)。
本格的に瞑想をやっている人であれば、このようなことに自然と気付
くようになります。




瞑想っていうもんは特別なことではなくて、単に使わなくなった右脳
を利用しているだけであって、左脳優先になった脳から右脳の特徴的
な『感覚』を機能させているだけなんです。



脳科学等に詳しいわけではありませんけど、どうもですね・・・ 
左右の脳がお互いに制御しあっているような感じが基本的にあるよ
うに思えます。基本的に制御しあっているなかで、現代では左脳を
使うケースが多くなり、基本的な制御以上に左脳が右脳を制御して
いるように思えるとです。



この左脳の制御を瞑想に入る過程の中で・・・ つまり、心や体を
リラックスさせる等して、左右の脳をリラックスさせ、左脳の必要
以上の制御がはずれている状態が瞑想状態と思うとです。


必要以上に制御されていない右脳が活動しやすくなった状態が瞑
想状態ということです。



んで、左脳の制御が完全になくなってしまった状態が、薬物等の影
響から起こる錯乱や幻覚妄想、統合失調症(精神分離症)というこ
とです。




いかがでしょうか?何となく瞑想というものが分かってきましたぁ?
なんてことはなかとです。縛られた本来の脳の機能を解放させる手
段が瞑想と言えるとです (*⌒∇⌒*)

 

 


次回のブログは・・・
瞑想の有意義な側面と時間の有無による良し悪しです。




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コメント: 7
  • #1

    M.H (土曜日, 20 7月 2013 17:33)

    佳蔵院様
    お世話になります。

    瞑想の注意点を確認しました。
    先日、瞑想中に写真のような映像が
    見えてきました。椅子に座って瞑想
    をしていたはずなのに、見えてきた
    ものは別の部屋の光景でした。
    少し戸惑いましたけど、とても不思
    議な感覚でした。また、このような
    ことで、取り乱したり、言動に異常
    が起きるとは思えません。
    私にも使えていなかった脳が使えた
    んだと思えて、非常に嬉しいです。
    8月のメルマガを楽しみにしていま
    す。目を開けた瞑想ってどんなもの
    なんでしょうか。どんなことが起きるのか楽しみです。
    メルマガの課題も始めました。あま
    りこのようなことは考えたことがな
    かったので、この機会にしっかりや
    ってみようと思います。

  • #2

    yorokobi (土曜日, 20 7月 2013 22:11)

    こんばんは。
    瞑想をしてみたいと思ったのは、自分を変えたかったり、何か特別なものを感じたい・・・そう思って、ここにたどり着きました。メルマガを読んで思ったのですが、特別なものを感じたい、得たいと思うことは、悪の心になりますか??

  • #3

    佳蔵院 (月曜日, 22 7月 2013)

    M.Hさん コメント、ありがとうございます。

    写真のような映像を確認できられたようですね。瞑想が順調に
    進んでいらっしゃるようです。左メニューにあります、瞑想と自然
    の力をご参考に自然の風景をイメージされながら、心地良い瞑
    想を行ってみて下さい。

    写真でみるような自然の風景が、はっきりと見えてきたりしま
    す。このような写真が見えるようになりますと、他にもいろんな
    ものが見えてきたりしますので、楽しみながら瞑想をなさって
    下さいね。



    yorokobiさん コメント、ありがとうございます。

    特別なものを感じたい、得たいと思うことは「悪」の心にはなりま
    せんよ。感じたい、得たいというものは内容がどのようなもので
    あれ、基本的な人間の感情になります。

    そのような感情がなければ人の成長もありませんし、生きていく
    ことも難しいことになるかと思います。

    メルマガで表現した「悪」とは、人の基本的な感情以上に執着す
    る心や思考を意味しています。例えば、怒りや憎しみ等も人の基本的な感情で時と場合によってはバランスをとるためにも大
    切な感情になります。

    けれど、必要以上に怒りや憎しみに浸ったり、そのような感情を
    持つことを楽しむようになれば、「悪」い心や思考というわけです。

    他にも、道徳的(人によって内容が多少違ったりしますが)に罪
    悪感を感じるものを許容し、心や頭ではいけないと思いつつ行
    動を繰り返すことは、「悪」の心や思考になるという意味です。
    (メルマガでは言葉足らずで、ごめんなさい)

    知らず知らず、私達は必要以上の感情に流されています。必要
    以上の感情を管理、コントロールしていくことが、前回のメルマ
    ガの課題であり、瞑想をもって改善する方法を書いています。

    この方法はシンプルですが、この方法が習慣になると・・・
    驚くことに遭遇します。あとあとのメルマガで理由が分かってき
    ますので、楽しみにして下さいね(*´∀`*)

  • #4

    yorokobi (木曜日, 25 7月 2013 16:05)

    こんにちは。
    コメントありがとうございます。瞑想をするようになって、痛みを和らげるようになれました。あんなに鎮痛剤が欠かせなかったのに、驚きです。まだ、写真のようなものも見れませんが、それでも、続けていきたいと思います。
    以前、小さな光の粒が見れましたが、この間も、また、見れてうれしかったです。
    これからも、よろしくお願いします。

  • #5

    佳蔵院 (金曜日, 26 7月 2013 12:27)

    yorokobiさん コメント、ありがとうございます。

    痛みが和らいだとのこと。本当に良かったです(*´∀`*)
    メルマガでご紹介している、痛みや病気等に対する方法もしっ
    かりマスターして下さいね。すぐにとは言えませんが、体質も変
    わっていきますから・・・。


    小さな光の粒を今回も見られたということは、虫に反射した光
    ではなさそうですね。それが何なのか・・・ 他の方々が遭遇さ
    れた違った光のことについて、メルマガでご説明するようにして
    いますので、合わせてご紹介するようにします。


    yorokobiさんも写真のような映像が見れるはずだと思いますけ
    ど・・・ 次回のメルマガで見るポイントを追記できそうでしたら、
    書くようにします。無理でしたら、その次に書きますね。


    どうぞ、次回もお楽しみに!(*⌒∇⌒*)

  • #6

    yorokobi (金曜日, 26 7月 2013 20:40)

    こんばんは。以前から気になっていることを、質問します。瞑想に入り、ピリピリ感を感じ、そうすると、最初は大きな球体というか、円があって、それが、だんだん小さくなりそして、また、大きな円から始まって、小さくなる・・・この繰り返しをみます。たった今も、そうなって、目を開けても薄暗い中、はっきり見えてしまい、それも、右側の目だけで見えるので、コメントしています。これを見ると、すぐに目を開けます。気持ちが悪くなる感じもあるからです。目を開けても見えるようになったので、確かめたくなりました。この後のブログで、色のついた球が見えた方がいらっしゃいましたが、色もついていません。白っぽいような、薄暗い中で、繰り返しです。このあと、我慢していたら、映像が見えてくるのでしょうか?
    すぐに目を開けることができてしまうので、まだまだ、瞑想ができていないのでしょうね。
    一度だけ、最初のころ、右端に写真みたいなものが、上から下に落ちたのですが、それきりです。。残念です(/_;)
    いつも、質問ばかりで申し訳ありません。

  • #7

    佳蔵院 (土曜日, 27 7月 2013 11:46)

    yorokobiさん コメント、ありがとうございます。

    かなり、瞑想が上達されてますよ(*´∇`)
    頑張っていらっしゃいますね・・。きっと、瞑想を始められた目
    的に近付いていらっしゃることと思います。


    えぇ~っとですね・・・ 白い球体については、色付きの球体を
    ご覧になっている方の説明と合わせて、メルマガでご紹介す
    るようにします。

    先に一つだけコメントしておきますが、右目だけに見える場合
    っていうのはですね、利目(ききめ)に関係していると思います。

    利目っていうのは、手に右利き・左利き等があるように、目に
    も右利き・左利きというものがあるんですね。yorokobiさんは、
    恐らく利目が右目なんだろうと思います。

    目の前に映像が映ることも、メルマガでお知らせします。ブロ
    グでは、目の前に映像が映る例を一つ書いています。
    どこだったかなぁ?どこに書いているか覚えてないんですけ
    ど・・・ リンゴの絵をのっけているブログがそうです。時間が
    ございましたら、探してみて下さいね。たぶん、去年の秋から
    冬にかけてのブログだったと思います。(違ってたら、ごめんな
    さい)


    何かしらの映像が見えている時に簡単に目を開けることがで
    きるということは、瞑想状態のときにしっかり意識が覚醒して
    いる証拠ですよ。深い瞑想へ入るには、心のリラックスにも注
    目して下さいね。心がリラックスする想像等をなさるようにして
    みて下さい(*⌒∇⌒*)

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