引き寄せの法則や思考は実現する等の啓発的思考・感情の扱い方

 

ここんとこずっと、シンクロについて書いてきましたが・・・ 周り
で起きている振動(波)について、だいたいご理解いただけたのでは
ないかなぁと思います。

メルマガを購読なさっている方も、物等の振動が確認できたと、ちら
ほら報告があるようになりました (¯―¯٥)

ねぇ、不思議でしょう。視点を変えるだけで、物の見え方が変わって
きます。

 

 

 

物等の見え方が変わるということは・・・ つまり、感じ方も考え方
も変わるということにつながります。


今までそれが常識だと思っていたことが、実は既成概念であったり、
固定概念であったりすることに気付いたりします。


社会の中ではそれが常識やろぉとか普通の人はそれが常識だろぉ
と思っていたことが、実は自分だけの思い込みという事に気付く
時があるとです。


よく言われるじゃないですか・・・ 仕事なんかで・・・
おらぁ~ どこに目ぇ付けとっとかぁ~ もっと考え方ば柔軟にして、
よー考えてみろ!o(`Д´*)oプンスカプン!!!

こんなことを言われたことがあるでしょ?


佳蔵院が若い頃は、上司からよく言われたもんです。


柔軟に考えろって言われても・・・ そがんいつもいつも違った視

点から物事を考えることって、無理な話しばいといっつも思ってい
ました・・・



けどですね・・・ 仕事に興味を持つようになってくると、問題意識
も高くなって、業務の流れの一つ一つに疑問を持つようになる時が出
てきます。

興味を持つと意識が変わり、見方や考え方も変わってくるようです。
こんな経験は、誰だってあるでしょ?


例えば、体に関してもそうですよね。
ちょっと体調が悪ければ、なんでかなぁと考えるでしょ。食欲が湧か
ないときでも、なんでかなぁって色々考えるじゃない?

 

健康に関することについて、テレビや新聞等で目にしたりすることも
ありますし、実際体は目に見えるものだから、興味も持ちやすいです
よね。



男性にしても女性にしても、体や顔・・・ 目に見える部分に関
しては必ず興味を持っています。見えるから興味を持ちやすいん
でしょうね。


健康や美容に興味を持つことは、とっても良いことだと思います。



けどですね・・・ ここでちょっと考えてみましょうか。



健康や美容等には興味があって、その興味から色んな知識を得たり、
考え方も変えたりするでしょ。病気かなぁ?と思ったら、じゃ何に
気を付けんといかんかなぁと考えたり、薬でも飲んでおくかぁとか、
病院へ行っとこと思ったり・・・


美容だとしたら・・・ この化粧品って、なんかええわぁ~ 私の肌
にはこっちが合うかも・・・


こんなふうに、いろいろと考えたりするわけです。



けどですね・・・ 体と対になる『こころ』については、みなさんど
うですか?『感情』等については、どうですか?



健康や美容ほど興味は無く、ちょっと元気がないなぁと思っても、そ
のまま放っておくことも多いでしょう。

怒りや妬み、不安、恐怖等があっても、そのままにしていませんか?



『心身一如』という言葉を聞かれたことがあると思います。心身一如
とは仏教用語なんですけど、字の通り、心と体は一緒という意味です。


辞書には、肉体と精神は一体のもので、分けることができず、一つの
ものの両面であるということ、と書かれています。



みなさんも、精神と体が関連しているということは、経験上分かって
いらっしゃると思いますが・・・ でも、それにしては・・・

体や美容等と比べれば、『こころ』に関しては、あまりにも無頓着す
ぎるような感じがします。いかがでしょうか?



医学においては予防医学の分野の発展もあって、病気や美容に関して、
みんなの興味や意識を高めています。



けれど・・・ 『こころ』については、予防医学的な見地から、興味
を持つとか、意識を高めるということは無いでしょう。どうですか?


一時的に精神的なことに関して興味をもつことがあっても、体や美容
ほど、敏感にはなっていないでしょ?

『心身一如』なんですからねぇ~ヾ(*`ェ´*)ノフンガ~

体や顔と同じように、『こころ』にも気を使わんといけんとですよぉ。

良かですかぁ?



前回のブログにも書いていますけど、声変わりする頃から、又体が大
人へと変わっていく頃から、ほんとは精神的な成長にも目を向けない
といけんとです。


まだ10代だからとか、20代だからという理由で甘えちゃいかんし、
甘やかしてもいかんとです。


『こころ』や『感情』をどのように扱っていくのか、またどのように
精神的成長を図っていくのか、体や顔と同じように、注意していかん
といけんとですよ。

 

 

 

10代のままの思考で、『こころ』や『感情』を甘くみていたら・・・
20代、30代、40代、50代、60代、70代、80代で迎える精
神的課題についていけません。

 

 

必ずと言っていいほど、私達の普段の生活の中には、感情を乱すよ
うな出来事が用意されています。良いことであれば問題ないんです
けど、悪い感情を起こさせる出来事が必ず用意されています。

 

 


形を変えて、どの年代においても用意されています。




つまりですね、体は20代から老化が始まりますけど、精神は成長期
を迎えているとです。10代ぐらいに精神的な素地をつくって20代
では、成長していかなければいけんようになっとるとです。



そんな自然界の流れを知っておかんと、いつまでたっても10代の思
考のまんまで、物事や人の言動を見てしまうとです。

 

 

良かですかぁ?(¯―¯٥)



私達の脳は進化しています。太古の人には無かった感情も生じて
います。私達の魂も、進化又成長へ流れておるとですよ。

『心身一如』です。


脳や体が進化しているのなら、精神も進化せんといかんです。成長
せんばついていけんとです。



シンクロを通じて、人の悩みや苦しみにつて前回は書いていますが、
付け加えますと・・・

人の言動の一面だけを見て、自分の思考や感情を決定してしまった
らいけんですからね。たびたび行われる言動であれば、ある程度の
思考や感情を決定しても宜しいですけど、一度の事だけで、判断し
てしまうと精神的成長にはつながりません。

 

 


自分のことだって同じですよ。怒りや不安、恐怖、妬み等を抱いたと
しても、それは一時的なことかもしれないし、物事や人の言動を深く
注視してみると、勘違いということもあります。



いっつも、『こころ』に注視する習慣ができていれば、事前に経験上
分かることもありますが、普段『こころ』に注視したことがない人は
簡単に物事や人の言動の意図を決めつけてはいかんですからね。


精神的な成長を図ったことが無い人が、昔のまんまの思考や感情で
物事や人の言動を図らないようにせんといかんです。



柔軟に物事や人の言動を見ることで、最初に抱いた悪い思考や感情
は中和されます。マイナス的な思考や感情に、長いこと引きずられ
ることもありません。



私達は年齢を重ねるにつれ、いろんな事を経験してきました。ですか
ら、多少の事があっても怯(ひる)むことも無いと思いますので・・

その分、余裕ができた『こころ』に目を向けて、一つ一つの悪い出来
事に対して、柔軟な思考と感情を持つよう習慣化しないといけません。



一時的に怒ったり不安になったり、マイナス的な思考や感情になるこ
とは、全然構いませんからね。それは、脳や感情のバランスをとるこ
とですから、無理に押さえつけることはしなくても良かです。

逆に、押さえつけるようなことはしないほうが良いかもです。


ただ、マイナス的に抱いた思考や感情を、そのまま物や人にぶっつ
けたらダメですからね。それだけは、押さえつけて下さい。


あとは、マイナス的な思考や感情に長く支配されないよう、工夫すれ
ば、問題は無いです。

 

 

 

佳蔵院はブログやメルマガにも書いていますけど、一時的にマイナス
的な思考や感情に支配されたとしても、真言や祝詞、般若心経等をひ
たすら唱えることで、思考や感情をすり替えています。
(個人的には祝詞をお勧めします)



祝詞やお経の読み方というものがありますが・・・
調子を付けて読む等といったことではなく、別の読み方を利用してす
り替えています。ちょっとその読み方は、使い方によっては悪く使わ
れる危険性もありますので、ここでは紹介しませんが。



思考や感情を工夫してすり替えています。



改めて書いておきますけど・・・
精神的な成長を図る必要があると聞いたら、マイナス的な思考や感
情を持ったらいけないと、極端に考えたらいけませんよ。

 

ほらぁ 引き寄せの法則とか、思考は実現する等のような啓発的な
ことを聞かれたことがあるでしょ。

 

 

そんな啓発的な話しには、マイナス的な思考や感情がマイナス的な
事を引き寄せたり、実現させてしまうから、マイナス的な思考や感
情を持たないようにしましょうと書いてありますよね。

確かにそうなんですけど・・・



実際ね、私達の思考や感情には初めからマイナス的なものが埋め込
まれています。『良』と『悪』をもって生まれてきているのが人間
なんです。

 

プラス的なもの、又マイナス的なものを合わせて生まれてきたのが私
達なんですよ(¯―¯٥)

ですから、マイナス的なことを無くすということは、土台無理な話し
なんです。無理な事をやろうとすれば、『こころ』の中に矛盾を生じ
ます。



引き寄せの法則や思考は実現する等の啓発的な思考方法では、悪い

ことでも『良い』と考えるように、思考や感情をすり替えるわけで
すけど・・・


悪を『良い』とすり替えることは、実際は表面的な意思の部分で行っ
ているわけです。潜在的な意思では、はっきり『悪』と区別され、潜
在意識的な部分で『悪』を育てているわけです。


悪を『良い』、『良い』と何度も強く思うことで、潜在意識では、はっ
きり『悪』、『悪』ということが明確化されます。そして、その『悪』
がクローズアップされれば、その『悪』を実際に引き寄せたり、現実と
して現れるということになります。


このへんのことは分かりますよね?



ある事象を『悪』と認識してしまったわけですから、脳や感情は既に
『悪』と判断してしまっているんです。それを無理に『良い』とすり
替えても、潜在意識の部分では歴然と『悪』が存在するわけです。

 

 

『悪』と判断してしまったことを、中和させることもなく、無理に
『良い』と思う時点で矛盾を生じているとです。顕在意識と潜在意
識で矛盾が生じているわけです。



顕在意識と潜在意識が対立したとき、どちらが勝つと思いますか?


それはですね、ほとんどは潜在意識が勝ってしまいます。なぜなら、
潜在意識は正直な又素直な思考や感情が保管されるところだからで
す。



脳や感情が認識した、正直な素直なものがそのまま潜在意識へと伝
わるわけです。しかし、顕在意識は自由に変えることができます。

時間が経てば・・・ 表面的な思考や感情(顕在意識)から、先程
の『悪』は消えますけど(他のことに意識が向けば忘れてしまう)、
潜在意識の中では、『悪』がずっと存在しているわけです。



顕在意識には『悪』が無いですが、潜在意識では『育てられた悪』
が存在しています。そんな状態で、どちらが強いかと言えば・・

当然、潜在意識にある素直な正直な感情や思考である、『育てら
れた悪』が勝ってしまうわけです。


顕在意識で常に『良い』思考や感情が無い限り、潜在意識の正直
な素直な『悪』には勝てんとです。

ですから・・・ 佳蔵院は、例えある事象を『悪』と思ったとしても、
その『悪』を無理に『良い』というようなすり替えを行うのではなく、
意味が分かりにくい真言や祝詞、般若心経等を別の読み方で唱えて、
潜在意識に保管された『悪』の思考や感情が育たないようにしている
とです(¯―¯٥)


ある事象を『悪』と、一瞬にして判断してしまった思考や感情を隠さ
ず、育てないということをやっています。



私達が持って生まれた『良』と『悪』・・・
生まれた時点では均等に両立されていますので、どちらかに傾くと
いうことはありませんが、仮に『悪』を消し去るとするならば・・

 

世捨て人になるしかありません。


人が居ない場所や現代の文明が無いところで生活をするならば、又
人との比較や人や環境から受ける影響が無くなれば、『悪』と判断
してしまうことも少なくなりますので・・・


『悪』を引き寄せることも、現実に起こることも少なくなるでしょう。



ただ・・・
『悪』を無くしたところで、あなたの成長は何だったのですか?と、
神さんや魂の仲間から問われれば・・・

『悪』の思考や感情を無くしただけです、と答えるしかありません。



『悪』の思考や感情を無くす挑戦は、既に終わっています。お釈迦さ
んの時代から挑戦が行われていました。今でも行っている人がおりま
すが・・・ 


答えは、とっくの昔に出ています。



現代の私達を見れば、一目瞭然です(¯―¯٥)



『悪』の思考や感情を無くすという目標は悪いことではありません
が、今までとは違ったアプローチを行うことが必要でしょうね。

 

 

 

幸せに向かう道のりは、決して難しいことではありません。素直に、
又正直に『こころ』を見つめるということから始めれば、良いと思
うとですヾ(´ I `*)

 

 

 
次回のブログは、鑑定を通じての愚痴と伝染(シンクロ) です。

 

 

 

過去のブログは、左メニューのブログをクリックすると、クリック
したその下にでてきます。
- Home -

 

 

コメントをお書きください

コメント: 12
  • #1

    shimohaha (水曜日, 02 10月 2013 23:50)

    スル~と読んで、また読み直して。。なるほど、そういえばそうなやなと。。引き寄せの方法が、理解できないというより興味がないのが、正直なところです。
    自分の潜在意識が、どんなものなのかを知りたくもなりますね。そちらの方が興味があります(怖いけど)
    ところで、祝詞は色々一般的なものがありますが、ご自分で考えて作られるのでしょうか?一般的な祝詞でもかまいませんか?

  • #2

    ゆき (木曜日, 03 10月 2013 17:25)

    佳蔵院さんのブログの内容と関わりが深くないかもしれないですが。
    私、10年前ぐらいに精神的に参って、身体を悪くしました。歩くのもしんどかったし、食事もそこそこしか食べることできなくて。
    それに悩みは一つじゃなくて、次々に事件が起き。
    般若心経も毎晩唱えた時もありました。

    おっしゃる通り、マイナスがマイナスを呼ぶみたいな。
    私の人生、こんなんではあかん。この身体で一回限りやのにこのまま死にたくない。
    と、奮起。死に物狂いですれば何とか変われるもんです。

    今が、最高とはいえませんが、随分幸せやと感じてます。
    上を見ても下を見てもキリはありません。
    現状維持ではダメですが、数年前を思い出しては、変わったことが出来て良かったと思えるのです。
    「心」を見つめることは本当に大事だと思います。

  • #3

    shimohahaha (木曜日, 03 10月 2013 18:40)

    ゆきさん、ほんとそうですね。一度転げ墜ちると、なかなか這い上がれないのと、ちょっと調子がよくなると油断大敵で、ひとつを乗り越えると次が待っているようなこと続きばかりで。。
    なんで、私ばかりなん!と言いたくなるのですが、これもまた原因は自分にあることを感じたり、もしくは生きるための力を養うために与えてもろてるんやと感じたりです。寄り道しながらも、山や谷を越えてこそ自分の人生の価値があるではないのかなと、最近になって思うようになりました。過去を振りければ、こんなに苦い道をも歩いてきたんだからまだいける!と思い、人生の半分以上を使い果たし残りの時間、自分の心をどう磨くかが大きな課題ですね。
    ゆきさん、頑張りましょうね!

  • #4

    ゆき (木曜日, 03 10月 2013 19:21)

    shimohahaさん、エールありがとうございます*\(^o^)/*
    佳蔵院さんのブログとコメントされてる方々のご意見で、結構頑張ることができてます。ホンマに!
    何で自分ばっかりって思ったこともありました。でも、神様はクリア出来ない課題や苦難はあたえやーらへん。って。これは、私の魂を磨く為の修行なんやって。立ち向かうことができるようになりました。
    まだまだ人生長いです。楽しく、素敵な老人になりたいです。

  • #5

    佳蔵院 (木曜日, 03 10月 2013 20:30)

    shimohahaさん  ゆきさん コメント、ありがとうございます。

    祝詞はですね、神道が地域に浸透するようになってから、多少
    その内容が変わっていますけど、一つ一つは基本的に同じです。

    祝詞の意味を簡単にいえば、神さんに対する挨拶のようなもの
    です。「こにちは^^」という意味の挨拶ではありませんけどね。

    個人的にお勧めしている一般的な祝詞は、 身滌大祓(みそぎの
    おおはらい)です。覚えるにしても、そんなに長くないですし、何
    かと役に立ちます(¯―¯٥)

    あと、自分で祝詞を考えて献上する人もいますが、内容は他の
    いろんな祝詞と変わりはないです。
    頑張って覚えてみて下さいねぇ(*’▽`人)゚



    社会や生活、又人が変わっていくなかで、自分だけが昔のまま
    だと、当然のようについていけませんよね。
    変化の中に人それぞれが身を置くことで、様々なことを体験し、
    精神的な成長を図るようになっているようです。


    そんな中で、自分の心を見つめて変化に対応していくこと・・・
    つまり、「自分を変える」ことが成長に最も有効な方法なんです
    ね。というより、自分を変えていかなければ、思い通りには進め
    なくなっています。

    「自分を変える」ことは、ある意味プライドを傷つけることになり
    ますし、それまでの自分を否定することになります。

    「我」が強い人は、それがなかなかできませんので・・・
    自ずと、悩みや苦しみが大きくなってしまうんでしょうね。

    お二人さんは自分の心を見つめて、仮に悔しいことがあっても、
    自分を変える努力をなさってきたから、幸せが訪れているんで
    しょうねヾ(´ I `*)

    必ず用意されている、心を乱すような出来事も、実は基本的に
    同じような事です。経験等に応じて形を変えているだけです。

    過去悩んだことを振り返ってみれば・・・ だいたい2~3種類に
    分けられるはずです。例えば、学生時代に勉強について悩んだ
    としたら、20代以降仕事でも同じような原因で悩むようになりま
    す。


    しっかり原因(心や感情)を見つめて、改善していくようにすれば、
    同じことは起きないようになります(¯―¯٥)

  • #6

    ゆき (金曜日, 04 10月 2013 21:35)

    佳蔵院さん、shimohahaさん
    私も禊の大祓をお唱えします。覚えるように頑張ります。
    毎日の神社参拝の時に祝詞のコピペを持って、お唱えすればもしかしたら覚えられるかしら。
    般若心経は、半分しかソラで言えないです。

    公言しないと、すぐあきらめてしまうので。
    ブログですみませんm(_ _)m

  • #7

    shimohaha (金曜日, 04 10月 2013 23:06)

    ゆきさん!大丈夫ですよん。般若心経、私が覚えられましたもん。
    できる!できる!
    身禊大祓の祝詞、私も早速ポケットに入るサイズの手帳に書いて貼り付けました!毎日、いつでも、どこでも唱えれば自然に覚えてくるもんです。
    因みに、光明真言やひふみ祝詞も覚えましたが。。なぜに、真言や祝詞は咬みそうな言葉ばかりなんでしょうかね?
    ひらがなが上手く読めませんとよね。
    利を求めているわけではないのですから、与えて頂いた宿題と思って、まぁ焦らずにぼつぼつと覚えていきましょ!

  • #8

    佳蔵院 (土曜日, 05 10月 2013 07:00)

    ゆきさん  shimohahaさん コメント、ありがとうございます。

    祝詞をコピーして覚えようとなさるその工夫や努力に、神さん
    も嬉しく思われるのではないでしょうか(¯―¯٥)

    真言や祝詞、般若心経等は、発音しにくいし、意味もわかりにく
    いので・・・ はぁ?ってなりますよね。

    うんうん なるなるヾ(´ I `*)


    佳蔵院も、最初覚えるときは・・・
    なぁーんで、日本で生きとるとに、わざわざよその国の言葉でも
    って読まんといけんとねぇ、なぁーんで、昔の読み方で読まんと
    いけんとねぇ・・・ 等と思った記憶があります。


    読みにくいですよね(‘A`)y-~



    それも、意味があるとですよ。まぁ 深く考えんで・・・
    心を込めた真言や祝詞、般若心経を覚えてみましょう!

  • #9

    心明聖 (月曜日, 07 10月 2013 17:37)

    こんにちはっ
    心の中の善と悪…それは、誰でもっと、思うだけで考え方が広がりますね。人間関係、自分だけ、酷い扱いを受けてるっと、大袈裟に騒ぐ人を見かけると思います。確かに偏った人がいて、一方的に個人に酷い態度をとる人もいますが(ブログ前半の成長してないタイプ?)騒いでる人の方は、本当に悪い所は、なかったのでしょうか?誰にでも善し悪しがあるのなら、又、自分も気付かずうちに相手を傷付けてしまう行動をとっては、なかったでしょうか?大勢の人がいるのなら、尚更、何故、自分なのかを振り返ってみた事は、あるのでしょうか?私も、人付き合いが上手くは、ないので毎回、誰かしら、気まずくなったりもしますが(笑)相手ばかりでは、なく自分の悪い面も考えると怒りばかりでは、違う感情になります。なんでも人のせいにしてたら、楽チンですよね?(笑)そして、ブログにあった様にその年相応の精神年齢になる事が解決の糸口にもなると思います。

    なかなか、私もそれが難しくて…(>_<)

    お話しありがとうございました。

  • #10

    keizo-in1 (火曜日, 08 10月 2013 08:55)

    心明聖さん コメントありがとうございます。

    悩みや苦しみで、どうしようもない人がいますよねぇ。

    やはり、なんでそうなったのかを真剣に考える必要があります。
    環境や人のせいもあったかもしれませんが・・・ だからといって、
    その人の悩みや苦しみを無かったことにしてくれるわけではあり
    ません。

    環境や人のせいにしたところで、何も始まらないということを改め
    て知る必要がありますよね(¯―¯٥)


    もうちょっと、大人になって・・・
    幸せとは何たるものか、考えてみましょうよヾ(´ I `*)

  • #11

    奈良のまっちゃん (木曜日, 31 10月 2013 17:31)

    こんばんは、いつもお世話になります。

    奈良県の松葉です

    少しお聞きしたいのですが

    瞑想初めて3ヶ月がなんとか 過ぎまして続いております

    ただ自分の思考の状態や回りに これと言った変化はありません

    相変わらず不安に思う日々です。

    私は他の人より業が深いのでしょうか? かなり潜在意識がマイナスでいっぱい なんでしょうか?

    ひとりでやっておりますので、 やり方が間違っているのかな?

    とか色々考えてしまいます

    お手数ですが先生のアドバイス 頂けませんか?

    宜しくお願い致します。

  • #12

    佳蔵院 (金曜日, 01 11月 2013 11:23)

    まっちゃんさん コメントありがとうございます。
    転記して頂き、お手数おかけしました。

    少しきついことを申し上げるかもしれませんが・・・
    瞑想について、少し違った見方をなさっているように思
    えます。


    瞑想を行っているから、それだけで思考に変化があるわ
    けではありません。もし、瞑想を行うことで思考に変化が
    起こるようであれば、それは危険な場合もあるということ
    になります。


    思考を変えるためには、ご自身の「意思」が必要です。
    瞑想が思考を変えるのではありませんよ。


    周囲の変化について・・・ 
    どのような変化を期待されているのか分かりませんが、
    ご自身の思考や言動に変化がなければ、基本的に周
    囲の変化も起こりにくいかと思われます。


    瞑想は魔法のランプのように、ランプをさすれば、望みが
    叶う等のような創作の世界の話しではありません。瞑想さ
    えすれば、何かが変わるのではなく、瞑想を通じて自分が
    自分を変えていく必要があります。


    瞑想が主体になって物事を考えていれば、瞑想自体は上
    達されないでしょう。ご自身が主体となって活動されなけれ
    ば、瞑想を通じた効果は期待できないと思いますよ。


    瞑想をやり続けた期間も関係ありません。瞑想を始めた
    ばかりの人でも、不思議な事や大きな周囲の変化に驚
    かれている人もいます。

    違いは、「自分」です。瞑想から得るものを期待して瞑想
    を行うのか・・・ 自分の思考や行動に期待するのか・・・

    瞑想は、あくまでも手段です。瞑想から得るものを期待し
    て瞑想を行えば、自ずと限界が決められるでしょう。

    しかし、自分の言動が主体となって活動していけば、瞑想
    に限界は起きません。


    もう一度、瞑想に対して再考なさってみてはいかがでしょ
    うか(¯―¯٥)

クリックで救える命がある。

 

生きる挑戦

変化を起こす刺激
瞑想への挑戦
①から順にご覧下さい


掲載予定記事

お地蔵様

霊能者

レールを敷く

聞いてみる

神仏
神様とのつながり
白い煙

 

順不同で掲載してい
きます。リクエスト
等がございましたら
ご遠慮なくお問い合
わせフォームから送
信下さい。  

Twitter
Twitter
Twilog
Twilog