神道と祝詞

うわぁ~ かなり更新を怠けてましたぁ・・・
今日こそは書くぞ、書くぞと思いつつ、あっという間に2月へ。
まだ少し忙しくって、ブログを書くリズムができていないようです。

前回のブログ(祝詞を唱えるとき)はあまり時間が無かったことも
あって、なんか中途半端な感じで終ってました・・・(;¬_¬)

頂いていたご質問に対しても中途半端な内容になっていましたので、
もうちょっと祝詞等について書いていきますね。

 

 


前回のブログやメルマガ等で、身禊(みそぎ)の大祓(おおはら)いと
いう祝詞(のりと)について少し書いていますが・・・


古くから神道では、「清浄」ということを大切にしてきました。身禊の
大祓いの「身禊(みそぎ)」は、身体の穢(けが)れを除き清めること
を目的とし、「大祓い(おおはらい)」は心の穢れを除くことを目的と
しています。



一般的に(身)禊(みそぎ)は、川や海等で身体を洗い清めて、神さん
の前に立つふさわしい身体にするためのものです。

また、(大)祓(はらえ)は祈願して罪や災いを清め、心の不浄を取り
除くことを言います。




んで、これらのことを禊(みそぎ)祓(はらえ)とも言ったり、単に祓
(はらえ)とも言っています。




祝詞は、決して呪文のようなものではありません。前回のブログにも
書いていますけど、祝詞は神さんに対して崇(あが)め、畏(おそ)
れ、敬う気持ち、感謝、望み等を伝えるものです。



また、身禊(みそぎ)の大祓(おおはら)いのような神事や行事は、
しだいに土着的な一般の神社でも行われるようになって、村や町、
そして国の大切な神事・行事へと移っていったとです。


村や町、国が行う神事や行事によって、全ての人々が知らず知らず
のうちに犯したであろう罪や過ち、穢(けが)れ等を祓(はら)う
ようになっていったとです。



それが、6月や12月に行われる大祓(おおはら)えの行事のことで、
元々は、卜部(うらべ)氏と中臣(なかとみ)氏が行っていました。




身禊(みそぎ)の大祓(おおはら)いという祝詞、又身禊や大祓いの行
事や神事は心や身体、その他もろもろの穢(けが)れを祓(はら)い清
めることが目的です。



そんで、これらを通じて神さんがもつ「自然の浄化」を仰いで祓い、
また身禊によって心や身体を清めるとともに、気持ちよく毎日を過
ごしていきましょうというわけです。

 

 

 

神さんを祀(まつ)るということも同じようなものです。決して、
「個人」の願いを叶えるために祀り始めたわけじゃなかとです。
神さんを畏れ敬い、又鎮めるとともに「生きていける」ことに感
謝を捧げてきたとです。そして、人々が平和に生きていけるよう、
願ってきたとです。

それがしだいに個人レベルの願い事へと移ってきたとです。




でね・・・ 
「神は非礼を受けず」という諺をご存知でしょうか?

神は,神をまつるべきでない邪悪な人間がまつってもその心を受けな
い。神は礼儀にはずれた物事は受納しない。 礼儀に外れたことを願っ
てまつっても、神は受け入れない。


以上のようなことが辞書に書いてあります。



何を言いたいかと言うと、個人が願う内容のほとんどは「我こそ良け
れば」という内容のものばかりになっとうとです。


一人のために神が存在するわけじゃなかとですよ。


神さんが一人の願いを叶えるとしたら、他の誰かがその願いのため
に犠牲になってしまうことだってあるとです。



よ~く考えてごらんね。



ちょうど受験シーズンなんで、それを例えて言うとですね・・・
受験生のA君が神さんへ受験に合格するよう願ったとします。祀り方
やお供え物、唱え方、作法等を本やネットで調べて、毎日毎日祈った
とします。



A君の実力では、ちょーっと難しい学校に合格するよう願っていたと
します。

 



勉強も本人なりに頑張りながら、祈ったとしましょう。神さんに気に
入られようと、あれやこれやと考えながら祈ったとしましょう。そし
て、その思いが神さんへ通じ、神さんがA君を志望校に合格させたと
しましょうか。



何かおかしいことに気付くでしょ?



A君を合格させれば、もちろん誰かが落ちるわけですよね。真面目に
コツコツと勉強してきた人が落ちてしまうとです。神さんは、合格圏
内にいた受験生を落として、合格にはちょーっと難しいA君を合格さ
せるわけですたい。



真面目にコツコツと勉強してきた人から言わせれば、はぁ?神さん、
あんたなんばしようとねぇ?ふざけんじゃねぇええええええ(#`Д´)
ってことになりますよね。



A君の行為が、「邪悪」や「非礼」にあたるとです。本人は合格でき
ればという純真な思いから祈願しているんでしょうけど、神さんから
みれば・・・

 




<神さん>あんたさぁ、ろくに努力もできんどってから何を言いよう
とね?あんたを合格させたら、誰かを落とさんといかんやろ?なんで、
真面目に努力してきた人を落として、実力も無いあんたを合格させん
ばいかんとね?


ってなことになりますよね。



実力や努力は横に置いて、自分の都合の良い解釈をもとに、又都合
の良い事だけを神さんに願うことが、「非礼」なんです。願いを叶
えてもらおうと、自分の欲をひた隠して愛想ふるまっても・・・

そんな姿勢は神さんじゃなく、第三者がみてもよ~く分かります
し、欲に埋もれ、神さんを便利屋のように扱ってる自分にさえ気
付かない心、また心自分の都合を通すことに一生懸命になってい
る心が「邪悪」なんです。




そうは言っても信仰は自由ですので、それぞれの考えで行っても宜
しいんですが・・・ ただ、願いが叶わなかった時、神さんのせい
にするのはやめて下さいね。

願いが叶わなかったからといって、神なんかいない、神なんか存在
するわけがない等と罵倒しないで下さいよ。



祝詞も、呪文のように願いを叶えるためのものと思っていたらいけ
ません。大和言葉で構成される祝詞は神道において用いられるもの
で、個人の我欲のために使われるものではありません。

「仏教」は、仏の教え・・・ だから、仏教と言いますけど、
「神道」は、神(へ)の道・・・ だから、神道と言います。



我欲を叶えることが、神道というわけではありません。
宜しいでしょうか?



自然の摂理や秩序に神を見出し、また氏族の始祖を祀り、先祖を大
切にしてきたのが神道です。村や町、又この国に住む人々がより良
く生きていけるよう願ってきました。

 




前回のブログのコメント欄に、人のために祝詞を唱えることは、良い
ことですか?というご質問を頂いておりました。

ここまで読んで頂くとお分かりだと思いますが、人のために祝詞を唱
えることは良いことであって、祝詞の使い方として正しいというべき
でしょうね。

 

 


我欲を超え、人のために祈り、又人のために行動していくこと・・・
これが、「神(へ)の道」ということです(¯―¯٥)



次回のブログは、祝詞の使い方 です。





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したその下にでてきます。
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コメント: 5
  • #1

    ej (木曜日, 13 2月 2014 22:55)

    桂蔵院さん
    お疲れ様です。
    今回のブログの内容と外れますが、、、。
    先日、ボ~っとしていた時に、ふとバスタオルを観ていたら何か動いている様な氣がしたので、あれ?と思い何気なく左手をタオルの前に差し出してみたら・・・・指先からメラメラと放射状に出ている物が視認できました。何んて言えば良いのか分かりませんが!?指先先から15cmぐらいの所まで出ていました。指先から出ている白い物では無く、無色透明でした。

  • #2

    Mark (金曜日, 14 2月 2014 10:20)

    佳蔵院さま

     人のために祈り、人のために行動していくこと。
     日常、心に留め置くべき言葉ですね。
     最近神社にお参りした時には、人のことをお祈りするようにしています。自分のことを思って参拝していても、気持ちが継続しないという(苦笑)
     毎日お詣りを継続できるのは、道すがらの梅の花を見るのが楽しみだったり、その日の空の模様の変化が楽しみだったり。
     今回のブログの内容を、心に留め置きつつ日々の行いを意識していこうと思いました。
      どうもありがとうございます。m(_ _)m
     
     

  • #3

    佳蔵院 (金曜日, 14 2月 2014 20:34)

    ej さん コメントありがとうございます。

    それは、ブログやメルマガ等で書いています震動
    ですね(¯―¯٥)

    背景が真っ暗だったり、薄暗い所でしたら、白く見
    えていたかもしれません。瞑想が上達されている
    ようです。

    メルマガの後半で書いていることに、どんどん取り
    組んでみて下さいね(・´∀`・)



    Mark さん コメントありがとうございます。

    そのようなお気持ちで手を合わせていらっしゃると、
    面白いことが起こってきますよ。人のために心から
    祈っていますと・・・

    心の穢れがなくなり、気付き等が起こってきます。
    あとは、清い心を忘れずに進んでいらっしゃれば、
    思い描く方へ流れていきます(¯―¯٥)

    周囲の人も、 Mark さんもみんな幸せへつながっ
    ていきます。

  • #4

    うさなみ (月曜日, 17 2月 2014 15:29)

    年末にお賽銭について 読みました。それまで、貧乏だからと堂々とお賽銭をケチっていた自分が、恥ずかしい。これからは、、、と思い直したはずなのに、まだケチっています。お賽銭あげる度に 動揺(?)してますが、心の中で小さく「済みません」と言ってますが。
      神社の参り方、作法や心構えについては、心から出来てはいないと思いますが、ここで知ったことを 少しずつ心がけて参らせてもらってます。

    メルマガをはじめて 3ヶ月半になりました。
    毎日1時間半は練習しています。
    じわ~ンと気持ちが良い と 少しピリピリ感はあります。
    額のムズムズも少しは感じているような気がします。
    しかし、始めた頃とさほど変化はないように思います。
    まだ、温かいが良くわかりません。(呼吸法の時お腹や太ももに温感はあります。)
     白い点も確認できません。
     
    腹式呼吸は、吸うを長く、なるだけ限界までしてます。
     感じにくい人は 腹式呼吸の回数や時間を増やしてみるようにとあったので、ときどき40回やります。キツイデス。
     リラックス出来てないのではないでしょうか?
     素直な人は、割合早く 深い瞑想状態に入られるのかな?
     「心身一如」でいきたいとは 思ってはおります。
     もう1度アドバイス宜しくお願いします。
     

  • #5

    佳蔵院 (月曜日, 17 2月 2014 19:39)

    うさなみさん コメントありがとうございます。

    書かれていらっしゃることだけを拝見すれば、白い点
    も手やお腹の暖かさも確認できられるようなんですが、

    白い点に関しては、メルマガVol.8・9 をもう一度ご
    覧下さい。手やお腹の暖かさについては、昨年のブ
    ログ(確か、11月~12月)のコメント欄をご覧下さい。

    腹式呼吸が終ったあと、ぼぉ~っとした時間を十分に
    とってみて下さい。その後、楽しい事や好ましい状況
    を思い浮かべるようになさって下さい。

    楽しい事や好ましい想像を7~10日間ほど続けられ
    てみても白い点の確認ができない場合、又コメント欄
    に書いていましたことをなさってみても体に指示がで
    きないようでしたら、スカイプやライン等でご説明致し
    ます(無料)。以前もコメント欄に確認できない方がい
    らっしゃいましたけど、その後もあまり進展がないよう
    でしたら、ご連絡下さい。

    基本に戻って、体の力を抜く作業をもう一度しっかり
    なさってみて下さい。

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