前世の記憶と霊的世界(人生の目的、テーマ)の記憶


今回もご質問を頂いていたことに関して書いていきます。
(前回のブログは、祝詞の使い方 です)


祝詞を唱えるとき」のコメント欄に頂いていた、フィットさんの
ご質問の中から、前世や霊的世界での記憶に関したことを先に書い
ていきます。




頂いたコメントの中に、「生まれる時にその記憶を無くす」という
部分がありますけど・・・


これは、霊的世界での記憶やこの世での人生の目的等が、生れる時
にはそれらの記憶が無くなっているという意味で書いていらっしゃ
ると受けとめて、進めていきます。



この世に生れてくる前にあった霊的世界での記憶や生まれた後の人生
の目的等、そんな記憶がこの世に誕生した後に無くなっているという
のは(人生の目的やテーマをもって人は生まれてくるようです)、



難しいことではなく、単にソフトウェアやハードウェアのような問題
です。




霊的世界とこの世のソフトウェアやハードウェアに違いがあるので、
この世での人の脳では霊的世界での記憶等を開くことができんとで
す。



PCなんかを考えてみると分かりやすいです。



ウィンドウズで作成したものをマックで開くことはできませんし、そ
の逆も開くことはできません(ソフトによってはできるのかな?)。

新しいバージョンで作成したものを古いバージョンでは開くこともで
きなかったりします。





この世での人の脳では、霊的世界での記憶等を基本的には開くことが
できんとです(¯―¯٥)



前世の記憶も同じです。



前世で人は亡くなっているわけですから、前世で経験した記憶を保管
している脳は壊れてしまったわけです。

この世に生まれてきて前世と同じ脳を持っていたとしても、前世で記
憶を保管した脳は壊れてしまっているので、同じ機種の脳といっても、
壊れた脳の中にあったデータを引き出すことはできんとです。




もう少し書けば・・・
前世で経験した記憶は霊的世界では開くことができるとです。霊的世
界のほうがバージョンが新しいと思って下さい。新しいバージョンは
古いハージョンを含んでいるので開くことができるとです。

けれど、バージョンが古いこの世では新しいバージョンを開くことが
できんとです(古いバージョンは新しいバージョンを含んでいません)。




霊的世界で保管された、また作成されたデータ(前世の記憶や人生の
目的等)を扱うハードウェアも違うとです。この世の脳と霊的世界の
脳にあたるものは、そもそも次元が違うので、PCのような脳(設備)
も全く違うとです。


ソフトもハードも違うので、この世ではデータを開くことができんと
です。




他にも理由はあるとでしょうけど・・・
例えば、前世等の記憶や霊的世界での記憶をもってこの世に生まれて
くる意味はないように思えます。


前世や霊的世界での記憶がこの世でも続いているということは、意識
も永遠に続いているということになります。



幼少期、例えば幼稚園時代を前世として、また小学校を霊的世界の時
代としたら・・・

幼少期の記憶や小学校時代の記憶が40、50代の仕事等の役に立っ
ているとはあまり思えません。20、30代でもそうでしょう。これ
は、記憶を一つの時系列の面から見た場合の話しですけど・・・




別の面から見れば、記憶が残っているとすると、生まれた時には既に
何個分もの前世の記憶(知識)や霊的世界での記憶が残っているわけ
です。生まれながらに、ちょーちょー天才が存在することになります。



やっぱりそうではなくて、幼少時代にはその時の知識を元にした経験
が必用ですし、また成長に応じた体験の中でどのように修正していく
のか、どのような決断をしていくのか等を新たに経験していったほう
が、年齢に応じた成長が見込めると思うとです。



更に別の面からみれば、前世や霊的世界の記憶が残っているとすると、
過去の悪い出来事に縛られたりとらわれたりして、行動できなくなる
人が多くなるよう思えます。何個分もの前世の記憶の中で、例えば幼
少期に受けた虐待や不幸な出来事があるとしたら、それがトラウマと
なって、この世で年をとってもその記憶や縛りから抜け出せなくなる
と思います。




人の脳はこの世での悪い出来事をいつまでも記憶しています。悪い
出来事を記憶してきたから、生きてこられたはずです。


生命を脅かすような危険等を生まれる度に記憶してきたから、人は
何世代も生きてこられたと思います。



というのは・・・ 動物というものは本能として危険等に対する記憶
がDNAに備えられているようで、それに加え生きていく中で経験す
る危険等も自己保身のため記憶していきます。襲われたりすると命の
危険があるので、動物の本能として、また生きていくために危険には
敏感になります。




命の危険とまではいかなくても、過去に経験した精神を脅かすような
記憶も生きていく上で蓄積していくようなところがあります。精神が
脅かされたとき、それを命の危険と同じように記憶します。



人は命や精神を脅かすような出来事や前兆を記憶し未来に備え、自己
保身を図ってきたと思います。



前世や霊的世界での記憶(意識)が永遠に続いているとしたら・・・
人はなかなか前向きにはなれないだろうと思います。


自己保身のため、ちょっとした出来事だけで危険を察知し、新たな挑
戦に臨む人は、生まれ変わる度に少なくなっていくでしょう。




前世や霊的世界の記憶が無い今の時代でも、安定志向が強くなってい
るぐらいですから。経済面からも危険を察知しているのでしょうかね。


また、失敗を恐れて一歩を踏み出せない場合もあったり、自分は何を
やっても無理だと決めつけてしまってる人もいます。ずっと昔の前世
から、そんな記憶を引き継いでいたら、この世ではきっと身動きがと
れなくなってしまうでしょうね(¯―¯٥)




前世や前々世、またそれより以前の前世に経験した悪い出来事や未
来に備えた危険等の記憶がこの世でも残っているとしたら、この世
で生きていく意味は、ずっと昔の前世や霊的世界からつながる危険
等に対処するための生き方になってしまいます。



う~ん・・・
果たしてそれだけのために生きていく価値があるとでしょうか。



それよりも、本能以外の命や精神を脅かす危険等の記憶を無くして生
きていくほうが、心も体も軽くなって生きていけるし、新たな挑戦も
できやすいかと思えます。過去の悪い出来事にあまりにも縛られたり
とらわれていると、精神的成長の面においては、あまり期待できない
ように思えます。(前世での危険の記憶だけを消して、人生の目的の
記憶だけを残すというのは、無理な話しなのかもしれません)



もちろん、危険(災害や事故等)に対する対策は必要なことですが、
それはこの世での記憶さえあれば十分でして、ずっと昔の前世から、
また霊的世界の記憶までは必要ないと思うとです(¯―¯٥)



他にも理由はあると思いますが、まぁこれぐらいにしておいて・・




あっ ちょうど時間がなくなってきました (・ω┃壁┃チラッ
きりがいいので、次回続きを書いていきます。





次回のメルマガは、未来と現在、過去の時間が共通する幸せ です。

 





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コメント: 8
  • #1

    フィット (日曜日, 09 3月 2014 01:03)

    こんばんは。佳蔵院さん、久しぶりにコメントします。そしてありがとうございます。危険の記憶に関しては、確かにそうですね。身動きできないです。また、目的を最初から知ってしまったら、それを上限として動いてしまうかも知れません。一生懸命に生きる中で、いつしか目的以上のものが掴むことが出来れば、過去の悩みは小さなものになって、結果的には成長のための肥やしだったことに後で気付くんですね。霊格の向上は後からついて来る。ちょーっと綺麗事ですけど、人のため、社会のため、そして、自分の成長のために頑張る事が、愛その物かと。書いていて恥ずかしくなりますが(笑)。
    ちなみに、佳蔵院さんの、生きる糧、座右の銘など、元気がでる言葉ありますか?

  • #2

    佳蔵院 (日曜日, 09 3月 2014 06:47)

    フィットさん コメントありがとうございます。

    「成長のため」という視点で物事をとらえるようになる
    と、失敗も失敗には終わりませんもんね。

    上手くいかないことも、イライラすることも、また不安に
    なることも、どうしてこのようになってしまうんだろうと
    考えると、自分の改善点も分かるようになってきます
    し、原因が分かれば混乱も無くなっていきますよね。


    私の生きる糧、座右の銘ですかぁ・・・
    う~ん 改めて考えてみると難しいですね。

    生きる糧として、年代によって変わってきていますけ
    ど、今は「挑戦」が私の原動力になっています。挑戦
    するにあたって、いろいろ思考して行動するわけです
    が・・・

    その考える時間や行動の結果を検証する過程が、面
    白く感じます。ゲーム的な感覚があって、例え思うよ
    うな結果を得られなかったとしても、次はこうしてみよ
    うとか、あれをやってみようとか、将棋の駒を指すよう
    な面白さを感じています。それが、今は糧になってい
    るんでしょうかねぇ?


    座右の銘とまでは意識していませんが・・・
    「人は法を求めるに止(とど)まって、法に生きることを
    忘れている」(高光大船)ということをよく考えています。

    「法」とは、仏教において色んな意味をさしますが、上
    の文章にて私は「法」を「幸せ」や「こころ」、「存在」等
    と置き換えて考えています。

    あと、「何とか成る」等のような言葉を言い聞かせたり、
    また悪い出来事があっても、肯定するようにしていま
    す(¯―¯٥)

  • #3

    フィット (日曜日, 09 3月 2014 18:10)

    佳蔵院さん、ありがとうございます。
    高光大船師の本、早速図書館で借りてきました。
    昭和48年発刊で、読み応えがある内容です。
    佳蔵院さん勉強を深くされたんだなぁと、同時に、自分の知識の浅さに反省しまくり、
    「はぁっ、自分が3歳の時に書かれた本かぁ」と感慨深いです。こういうことが無いとご縁が無い本で、ありがとうございます。この手の話ってなーかなか、会社ではできないもので、地理遠くともネット社会に感謝です。
     “挑戦”といえば、私は仕事の挑戦(楽しみ)には未だ未だ到っておりません。佳蔵院さんの鑑定結果より「物事を大きく捉えすぎると」アドバイスいただきました。
    その後、性格は直ぐに変えられませんけど、苦しいことを何とかやっていると、ジョジョに心臓が強くなっている気がしています。自分に悩む暇を与えないことも必要かもしれません。
     前回のブログで、禊の大祓い「・・・魂が抜けた好ましくない状態を穢れと思って下さいね。生きる力がなくなった状態を清め、回復させることをお願いしている祝詞・・・」とコメントがありました。本当に良い祝詞ですね、毎日唱えています。
     今日、受験間近な子供のために神社に一人で行きました。合格祈願ではなく、やった努力の分だけ頑張れますように、無事帰って来ますようにと祈りました。
    ちょっと祈願の方向性が違いますかねぇ(笑)
    長々とすみません、またコメントさせていただきます!

  • #4

    佳蔵院 (月曜日, 10 3月 2014 15:50)

    フィットさん コメントありがとうございます。

    たまに、高光大船さんのような本を読まれるのも良い
    かもしれませんね(¯―¯٥)

    色々と考えさせられます。

    子供さんの努力が発揮できるようお祈りされたことは
    良い事だと思いますよ。家族とはいえ、自分以外の人
    の幸せや成功をお祈りすることは、純粋な心がなけれ
    ばできないことです。

    家族の方の幸せや成功をお祈りするように、次は職場
    の方の事に関して、お祈りなさってみて下さいね。

    家族以外の方の幸せや成功をお祈りすることは、いろ
    んな面で考えさせられてくると思います。是非、なさって
    みて下さい(*´∀`)♪

  • #5

    心明聖 (火曜日, 11 3月 2014 21:54)

    こんばんはっお久しぶりにコメントさせて頂きます。携帯を変えて中々思う様に文字が打てない年代でもありまして(笑)前世のお話しですが、実は、初めて一緒に住んだ猫の遺骨を、葬儀は、したものの埋葬出来ずにいるんです。もう、家族でした。何年も前ですが、今だそこにいるかの様に話しに上がります。ただ、動物と人間の輪廻は、時間差があり、遺骨を人間と同じ様にしていることは、霊障があるっと聞きまして…私的には、私がお墓に入る時に一緒に納骨っと周りにも宣言していたものですから少しショックで…私のエゴで大事な仔の輪廻の妨げになるのなら、考え直さなければいけませんし、骨は、単なる骨であるのなら、私の身勝手でもう少し側にいて欲しいものでありますし…前世は、死んだ後の楽しみとして、おりますのであまりマイナスのイメージは、なかったのですが…又、動物の霊は、下等っと仰る方もいて…そうかも知れませんが虹の橋を渡った自分の仔には、そうも思えず…ちょっと、最近、頭の中をグルグルしていたもので、愚痴ってしまいました(笑)すいません。

    今晩もお話しありがとうございました。

  • #6

    佳蔵院 (水曜日, 12 3月 2014 15:14)

    心明聖さん コメントありがとうございます。

    家族と同様に過ごした猫ちゃんでしたら、遺骨も心配に
    なってしまいますよね。

    ただ、人と猫の遺骨を一緒にしても、霊障等はないと思
    います。ちょっと寂しい言い方になるかもしれませんが、
    この世からあの世へ猫の意識や記憶が移ると、遺骨は
    単なる骨となってしまいます。

    遺骨やお墓は、極端に言えば、後世の人がお亡くなり
    になった魂を忘れないためのもの、又あの世の魂がこ
    の世にふと訪れたときの目印と思われたら宜しいかも
    しれません。

    遺骨やお墓に向けた思いが、目印になることがありま
    す(¯―¯٥)

  • #7

    心明聖 (水曜日, 12 3月 2014 22:45)

    お言葉、ありがとうございます。いつも、心休まるお話で嬉しく思います。私は、学のない人間でして、難しい話しは、理解出来ないのですが(笑)お話しを、拝見して、自分なりに生かしていきたいと思います。

  • #8

    佳蔵院 (木曜日, 13 3月 2014 22:55)

    心明聖さん コメントありがとうございます。

    霊的世界の話しは、ちょっと理解しにくいですよねぇ。
    もっともっと経験を積んで、分かりやすい表現でお伝
    えできるよう、頑張っていきますねヾ(o`ェ´)ノ

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