苦しみと宗教

うわぁ~ 早いもので、もぉ4月ですねぇ(*´∇`) 新年度になりまし
た。頑張っていきましょうね。

さてさて、今回は「祝詞を唱えるとき」のコメント欄に頂いていた、
この世の苦しみ等について書いていきますね。(前回のブログは、
来と現在、過去の時間が共通する幸せ
です)




その前に・・・
霊的世界では時間があるのかどうかというお問合せもごくたまにあり
ますので、そちらを簡単に書いておきます。



この世でいう「時間」というものは、そもそも人が創り出した単位で、
天体の動きや自然の移り変わり等から導き出されたものだと思ってい
ます。


ある一つの現象(基準)があって、次の現象までの流れから「時間」
という概念ができ、単位が出来上がったんだろうと思います。実際
は違うかもしれませんが、そんな感じかなぁ?



そこで次元を考えた場合・・・
この世は3次元?かなと思うのですが、数学や物理的なことは詳しく
ないのでよく分かりませんけど、


縦、横、高さから3次元の空間に私達がいるとして、そこに時間が加
わったとき、4次元?という見方も可能のようですが・・・

「今」という時点から未来や過去へ移動することは、この世では今の
ところできそうにありませんので、私達が住むこの世界を3次元とし
ておきます。



ほんで、霊的世界の次元を考えたとき・・・
果たして、霊的世界は何次元になるんでしょうか?皆さんはどう思い
ますか?



えぇ~っとですね、根拠はないんですけど・・・ 何となく、霊的世
界は5~7次元じゃないかなぁと思っております。私達が住んでいる
世界より高次元の世界だろうと思っています。

まぁ この世と同等、若しくは低次元ということはないだろうと思え
るんですが・・・



仮に、霊的世界を4次元以降の世界としたとき・・・
霊的世界は「時間」を含む世界だと言えるようです。つまり、4次元
以降の世界は3次元を含みますので、「時間」的なものが存在するだ
ろうと思います。この世での時間の単位と違うかもしれませんが、時
間的なものが存在すると言えます。



このようなことから簡単に言えば、霊的世界においては「時間」的な
ものが存在するだろうと思うのですが・・・

ただ、この世での時間と霊的世界の時間は相対的ではないようです。
うまく表現ができませんが、この世での時間から霊的世界をみたとき、
時間に差があります。



例えば、この世の時間が12時を指していたとき、霊的世界では10
時を指しているとか、そんな単純な差ではなくて・・・

単に時間軸だけでは比較できない、別の軸があるようです。時間軸で
比較できないので、何となくですが、霊的世界を5次元以降の世界だ
と思っているわけです。



それが何なのか、高次元の世界を3次元の世界の言葉では表現しよう
もないので何ともいえませんが・・・

例えば、3次元の世界からみれば、「矛盾」が生じてくると思ってい
ます。「物」に時間軸を加えると、それは劣化、もしくは破滅等・・
「無」へ流れていくと思いますが、5次元以降では再生という場面が
でてくるように思えます。



つまり・・・ えぇ~っとですねぇ・・・
あくまでも想像のお話しとして読んで頂ければと思いますが・・・
新たな「宇宙」の誕生といいますか、「無」から「有」が生じるとい
う感じです。


単に未来や過去へ自由に行き来できるという時間軸ではなく、3次元
の法則や秩序に縛られない、「再生」や「復活」が起きているんじゃ
ないかなぁと、何となくですが感じています。

 

 

 

この世で「死」を迎えたとき、私達の肉体は滅びますが・・・
一旦、「魂」も「無」へ向かうと思っています。そして、大きな魂の
流れに導かれた時、新たに再生、若しくは回復し元の魂群へ交じるよ
うな感じです。



「祝詞を唱えるとき」のコメント欄にちょっと戻りますが、「霊界で
は魂の成長が遅い」という部分について、この世と霊的世界の相対的
な時間の比較ができませんので、霊的世界では魂の成長が遅いと、単
純には言えなくなりますね。



今世界が使っている同じ「時間」を基準にしていれば可能かもしれま
せんが・・・ あくまでも今の「時間」は、この世の人が作りだした
単位にすぎませんし、霊的世界を時空を超えた世界とするならば、当
然違う軸が存在しますので、比較は難しいことになります。



まぁ 高次元の世界を3次元の世界の言葉て表現するには、当然
無理を生じますので、うまく伝えられませんが・・・
こんなことを考えている変人もいるんだなぁ~という程度でご覧
くださいね(¯―¯٥)

 

 

 

 

とりあえず、「時間」に関してはこのくらいにしてと・・・
「祝詞を唱えるとき」のコメント欄を一部転記しますね。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
よく、霊界では魂の成長が遅いからこの世で体験を積むことで、
飛躍的に格が上がる(チャンス)ということを聞きますけど、
私たちは生まれる前に「今度こそっ」と決意しますよね。

でも、苦しい体験をしなければ格が上がらないのって、どんな
意味なんでしょう?

人に対しての善行為は未だわかるんですけど、苦しむ事が向上
に繋がるっていうのは中々理解しがたいものだと思いませんかぁ?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

頂いたコメントに出てきます、「苦しい体験」というところですが、

実はこの思想を突き詰めていくと、非常に危ない考え方へたどりつ
いてしまうところがでてきます。以前世間を震撼させた、某宗教団
体のような行為に発展する可能性があります。


フィットさんも違和感を感じていらっしゃるようですので、少しご説
明しますと・・・



この世で、ある苦しい体験をするということは、経験としては良いこ
とかもしれません。苦しい体験をすることで・・・ 例えば、次に違
う苦しみを迎えたとき、ケースは違っても、一度苦しみを体験してい
るおかげで、新たな苦しみを迎えても乗り越える自信がでてきます。


このような点からみれば、苦しい体験も良い経験とみれますが。

 

けれど・・・
苦しい体験をもって人格や霊格が上がるとすれば、又霊的世界では
魂の成長が遅いので、この世での苦しい体験をもって、飛躍的な成
長につなげている、若しくはその為にこの世に生まれてきたとする
ならば・・・ このような思想の宗教者、指導者によっては、一歩
間違えると、悲惨な事件を引き起こしてしまうということになりま
す。

 

 


どういうことかと言えば、「苦しみ」が「善」というとらえ方をし
ているわけです。つまり、苦しみを当然とし、苦しみを歓迎するよ
うな思想になっているとです(;¬_¬)

この世での最大の「苦しみ」は「死」とも言えますので、安易に人を
殺害してしまうという理屈へ流れてしまうわけです。



また、以前もどこかで少し書いていたと思いますが、今の苦しみは前
世の行いが悪かったから生じているという考え方、今悪い行いをして
いれば、来世で苦しむという考え方、今苦しい思いをしていれば来世
は良い人生になるという(上記と合わせると、苦しみが人格や霊格を
上げ、来世は良い人生になる)考え方は、実は苦しむ人を放っておい
ても良い、若しくは悪い行いの人がいれば、命を絶ってあげたほうが
良いという考え方にもつながりやすくなるとです。

 

 

 

このような思想が発展して悲惨な合戦を起こした例は、日本の歴史
の中でもあります。又世界でもあり、今でもあります。具体的な事
例は言いませんが・・・ 宗教的な理屈を間違って押し出していけ
ば、人の命は簡単に絶たれてしまいます。

 

 


元々このような思想は、インドやチベットの古い哲学等にあり、それ
を元にして、例えば・・・ カースト制度をうまく取り仕切っていっ
たという面もみてとれます。




今の苦しみが霊格を上げ、来世では素晴らしい人生になるという考え
方を宗教的に押し出せば、カースト制度で不満を持つ民衆をなだめる
ことにつながります。また、日本では南無阿弥陀仏を唱えれば極楽浄
土へいけるという説法を利用して、信者を合戦へ導いたという面が伺
えるように思えます。

 

実際は、例えば、南無阿弥陀仏に関してもその思想の根本は、この世
の苦しみを救うことにあります。極楽浄土へいけるということではな
く、南無阿弥陀仏を唱えることで亡くなったあとの不安や心配を取り
除き、又生きているうちに極楽浄土へ行けるという安らぎ得て、今の
苦しみを少しでも解放する等の意味があります。



そのような意図を間違って利用していくと、危ない思想へとつながっ
ていくことになります(;¬_¬)

 

うわっ 久しぶりのブログ更新なんですが・・・
時間が無くなってきましたので、続きは次回書きますね。

 




次回のブログは、カルマと輪廻転生、苦しみの危険 です。




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コメント: 6
  • #1

    shimohaha (月曜日, 14 4月 2014 21:58)

    こんばんみぃー!今回は難しかぁ~(?_?)

    時空や哲学的なことは、よう解らんけんが
    宗教における教義の考え方や捉え方次第で良くも悪くもなるつうことですかね?

    今日も1日が無事に過ごせたからといって明日も同じだとは限らないのが世の常でしょうし、いい人生やった!と思えるような一期一会の人との繋がり、自分に与えてもろうとる仕事、精一杯生きてかないかんね。
    そう考えようとすれれば、やっぱ中途半端な自分が見えてくるとです。自我に甘え、自我を許しとりますもんね。( ̄□||||!!マズイ

    霊格をあげたいとか、苦労したから次に生まれてくるときには。。なんぞ考える暇もないと言うか、全く浮かび上がらないのはある意味、むしろ有り難いことかもしれませんね。

    なんか意味不明なコメントでごめんなさいましm(__)m



  • #2

    佳蔵院 (火曜日, 15 4月 2014 17:59)

    shimohahaさん コメントありがとうございます。

    ちょーっと簡単に書きすぎました(;¬_¬)
    次回も続きを書いていきますので、待っとって下
    さい。

    宗教のとらえ方で良くも悪くもなっちゃいます。人
    の欲が入ってくると、尚更です。

    苦労したから来世では良い人生を歩める等のよう
    な、単純に苦労=良い人生となってしまうと、苦労
    の中身に関係なく良い人生を歩むことになります。

    中身のない修行であっても、それが苦労になるな
    らば、来世では良い人生になるということですね。

    上記は極端な言い方かもしれませんが、実際宗
    教を通じて、苦しみを与え人を殺害した事件が起
    きています。人がよりよく生きていくための宗教が
    いつのまにか人の命を奪っています(;¬_¬)

  • #3

    ゆき (火曜日, 15 4月 2014 18:28)

    久しぶりのコメントです。この世での苦しみは、その人によったら違うと思いますが、あの世から修行のためにその人に与えられた課題であると言うのは本当だと思われますか?
    例えば、お金にずっと苦労する。人間関係で苦労する。または家族の絆を大切にする。愛することを勉強する。……とか。

    苦労したから霊格が上がるなんていうのはおかしいと、思いました。苦労……じゃなくて、苦労も含めてですが、専攻みたいな。それをクリアして一つ上がるなら納得です。

    話は変わりますが、誰かの死を見送り、残された周りの者は、悲しいのは当たり前ですが、それを故人はどう見えているんでしょう?
    ぽっかり穴が空いて生きていくのも辛いと思っている人に、頑張れと、言うのは簡単だけど、故人も笑って生活していて欲しいと思っているでしょう?

    亡くなられた人とこの世で共に暮らした、身内なら愛する者同士でいれたと感謝して、自分もその日を迎える時まで精一杯生きて欲しいと思うのですが、その考えは自分のエゴなんでしょうか?

    佳蔵院さんの考えが聞きたくて、コメント欄に書き込んでみました。
    すみませんm(_ _)m

  • #4

    佳蔵院 (水曜日, 16 4月 2014 11:24)

    ゆきさん コメントありがとうございます。

    「苦しみ」については、引き続き次回のブログでも書
    いていきますので、そちらをご覧下さいね。

    故人の「意識」は様々なので一概には言えませんが、
    一緒に暮らしてきた家族や大切な人に対して、精一
    杯生きて欲しいと願っていると思います。

    亡くなったあとの意識や魂について、表現が難しいの
    で、いつかまとめて書いてみようと思っています。

  • #5

    ゆき (水曜日, 16 4月 2014 23:11)

    お答えありがとうございました。
    この1年間で会社の若い子や義姉が他界しました。肉親ではなくとも、ひと時でも同じ世界で生きたことに感謝の念でお送りしました。

    出会った人とは、いつか別れが必ずあります。
    深い悲しみは、我慢せずに心ゆくまで涙を流して、時がきたら故人の心を自分の胸の中で生き続けられたらいいなぁと思います。

    その時その瞬間を精一杯生きること。
    故人も、上から見てそう願っているんですよね!




  • #6

    keizo-in1 (木曜日, 17 4月 2014 19:40)

    ゆきさん コメントありがとうございます。

    職場の方、親族の方等、大切な方が他界されると、
    辛いですよね。どんなに愛した人であっても、必ず
    お別れがくるわけですが、生きている人の心の中
    に、他界された方は生き続けます。

    同じ様に、他界された方の意識にも、共に生きた記
    憶が刻まれていきます。


    故人は、この世で生きている人を応援していますよ。
    命の限り精一杯生きてくれることを望んでいます。
    それは、神仏も同じです(¯―¯٥)

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