瞑想を通じ、問題や悩みの原因を追究する


瞑想をやっていると、いろんな思考や感情がでてくるでしょう。ある
悩みを解決するために、冷静になって瞑想をやってみるけど・・・

解決したい悩み以外の問題や過去の感情等も、わんさかとでてくるこ
とがありますよね(¯―¯٥)

<前回のブログは、瞑想の雑念と無(瞑想で問題や悩みを解決)です>




瞑想状態に入り、悩みや問題等を解決しようと思考を積み重ねていく
とき・・・ 仕事や人間関係の悩み、過去の悔しい記憶等が次から次
にでてくることがありますよね。



冷静に悩みについて考えてみようと思っても、全然違う思考や感情
がでてくるときがあります。




なぜ望みもしない思考や感情がでてくるかというと・・・
前回のブログにも書いていますが、それは自分の中で「解決」がで
きていないからです(¯―¯٥)



それじゃ、悩み等が解決されるまでは、落ち着いて瞑想なんかでき
ないのかというと、そうではありましぇん。

 

解決したい悩み以外に、いろんな思考や感情がでてくる人は・・・
「思考の解決」の仕方が下手かとです。



仕事や人間関係の悩み、過去のマイナス的な感情等は、瞑想を行
っても、一度に思考の中で解決されるわけではありません。

 

解決できない悩みが現実に進行しているわけで、また過去の出来
事や感情等も解決されないまま今に至っているわけですから、瞑
想をやったからといって、思考の中で簡単に解決されるわけでは
ありません。

 




では、瞑想中にどのようにやっていくのかというと・・・




①問題や悩みを分類
まずは、問題や悩みを分類せんといかんです。急いで解決すべき問
題なのか、終わってしまった過去の問題なのか・・・

自分が何とかすれば解決できる問題なのか、自分ではどうしようも
ない問題なのか・・・



問題や悩みにラベルを付けんといかんです。瞑想中に浮かんでくる
問題や悩みに、これは今最も考えるべき問題、これは終わってしま
った問題、これは自分の思考や言動を変えれば対応できる問題、こ
れは自分だけの力では無理な問題というように、まずは問題や悩み
がどのようなものなのか分かって下さい。




問題や悩みを分類せず、浮かんできたままに思考の中で受け止め
ると、そりゃ誰だって混乱して瞑想どころではなくなることでし
ょう。

 

 


②瞑想の目的をはっきりさせる
分類して、今思考すべき問題や悩みは何なのか考えてみて下さい。
瞑想の「目的」を明確にして下さい。今回の瞑想では、△△△の悩
みについて考えよう等と、「目的」がはっきりしなければ、思考
は混乱してきます。




分類し、瞑想の目的を明確にしたら、今思考すべき事を考え始め
て下さい。問題や悩みの「原因」は何なのか追究してみて下さい。
(瞑想は、「目的」をはっきりさせてから行うことが基本です)




思考を始めても、目的と違った問題や悩みがでてきたら・・・

 

 

 


③一旦区切りをつける
でてきたものが、分類していない問題や悩みであったら、分類して
下さい。分類したものが再びでてきたら、瞑想の「目的」を再認識
して下さい。今は、△△△の悩みについて瞑想しているから、それ以
外の問題は後で考える等と、自分に言い聞かせて一旦区切りをつけ
て下さい。出てくる度に、言い聞かせて下さい。



一旦区切りをつけても、再びでてくるようでしたら・・・

 



④比較検討
「比較」をしてみて下さい。今の瞑想の「目的」と比較をしてみて、
どちらを優先的に考えるべきか、検討して下さい。




例えば、今の瞑想の「目的」を放っておいたら、私はどうなってしま
うのか、目的以外の問題や悩みを放っておいたら、どんな事が起きて

しまうのか、放っておいたら私にとってどちらが先に「悪い出来事」
になってしまうのか・・・ などと比較検討してみて下さい。




比較検討した結果、自分にとって今思考すべき問題や悩みを瞑想の
「目的」にして下さい。



比較検討して瞑想を再開しても、目的と違った問題や悩みがでてき
たら、①や④へ戻る。(状況に合わせて、①~④に戻る)




ちなみに佳蔵院は、区切りや比較検討をしても、目的と違った思考が
しつこくでてくるとき、その思考を認めてあげるということもやった
りします。



どういうことかというと・・・
先日の瞑想のご相談を例に言えば、ふとしたときに離婚した異性に
対する恨みが頭の中に浮かんで、疲れてしまうというご相談があり
ました。


愛情も何もないのに、ふとしたとき離婚した異性が思い出され、そ
の異性を頭の中で罵倒する自分が嫌で、又その異性を思い出す時間
さえもったいなくて、悔しいというお話しでした。



過去の出来事、終わった出来事が頭から離れないということもありま
すよね。そんなとき佳蔵院だったら、「まだ、その異性に対して何ら
かの思いが残っとうみたいねぇ」と、まずはその感情の存在を認めて
あげます。



無理に思いを消そうとするのではなく、異性に対する「感情の存在」
を認めてあげるとです。そして、なぜ異性に対する感情が浮かんで
くるのか、瞑想を通じて考えてみるとです。




思い出される原因が必ずあるとです。例えば、離婚したあとの自分が
思い通りの人生を歩めていないと認識したとき・・・ その原因を離
婚した異性のせいにしているとです。



今の自分が不幸な生活を送っていると思ったとき、思い通りに物事
が進まないとき、離婚した異性へ責任転嫁させ、自分の不甲斐なさ
から目をそらしているとです。



自分が調子良く、又思い通りに人生を歩めているときは、異性のこと
を思い出しても、何とも思わんとです。調子良いときに異性を思い出
す原因は、離婚したあとの自分は幸せだ、あんたと離婚できて本当に
良かったという、優越感に似た感情が原因になっとるとです。



結局、離婚したあとの自分の成り行きによって、過去の出来事を都
合良く思い出しているということに気付きます。つまり、過去の出
来事に対して、恨みや妬み等のようなマイナス的な感情が思い出さ
れるということは・・・



「今の自分」が思い通りに生きていないということを示していると
ですたい(¯―¯٥)

 

 


瞑想を通じ、思い通りにいかない原因が自分にあると追究できたら、
異性に対するマイナス的な感情が徐々に小さくなっていくとです。



再び異性に対するマイナス的な感情が生じても、自分の状況をみて
みれば、マイナス的な感情が生じるのも当然だと、「肯定」するよ
うになるとです。



自分が思い通りに生きていないから、自分が楽しい日々を過ごして
いないから、自分が努力していないから・・・ だから、異性に対
するマイナス的な感情が生じてくるんだと認識できるようになると
です。



原因が認識できるようになると、異性への責任転嫁を諦めるように
なります。原因が分かれば、素直に自分を見つめ直すことができま
す。素直に見つめ直すことができるようなると・・・



自分の努力不足や欠点に気付き、それを改善できれば、幸せな人生
を歩めるという希望が出てくるとです。あとは、改善していくのか、
若しくは何もせずにマイナス的な感情と一緒に過ごすのか、どちら
かを選択すれば良いということになります(*´~`*)

 




ちょ~っと長く脱線してしまいましたけど・・・


上記の①~④のような事を繰り返していかんといかんですよ。今ま
で問題や悩みを解決せずに放っておいたわけですから、上記の作業
を一回や二回繰り返しても、瞑想中に目的と違った問題や悩みがで
てくると思います。まずは問題や悩みを分類するところから始めて
下さい。




このように、問題や悩みについて分類したり、比較検討したりして
いくと、問題や悩みがかなり削られていきます。問題や悩み、それ
自体の解決を初めから考えていくのではなく、その問題や悩みの性
質をとらえるようにして下さい。




慣れてくると、問題や悩みが生じた時点で・・・
これは自分の力で何とかなる、これは考えても自分の力では無理、
これは自分の思考や言動を変えれば解決できる、これは自分の思
い通りにいかないから悩んでいるだけ、これは自分の過ちを認め
たくないから起きる感情、これは妬んでいるから生じる悩み、こ
れは悔しいからいつまで経ってもでてくる問題・・・ 等と分類
ができるようになっていきます。




簡単に分類ができるようになってくると・・・
例えば、自分の力で解決できる問題と分類したのなら、そこで初め
て問題の原因や核心を瞑想をもって追究していくわけです。



自分の力では無理と分類したのなら、じゃ誰かの力を借りるかどうか、
借りるとしたら誰に相談するか、そもそもこれは自分だけの問題なの
か、自分だけの問題だけでなく他の人にも共通することなら、他の人
に相談してみようとか思考を積み上げていくとです。



また、どうすることもできないことを問題や悩みにしていないか?と
疑ってみることも大事です。なぜ、お金持ちの家庭に生まれてこなか
ったのか、なぜあの時あんなことをやってしまったんだろうと過ぎた
ことを悔んでいないか等。



どうすることもできないことや過去の事をダラダラと悩んでいても仕方
がないってことは誰でも分かりますけど、分類していなかったら、どう
することもできないことに、いつまで経っても思考が縛られてしまうと
です(;¬_¬)




どうすることもできない問題や悩みがでてきたら、これは「どうするこ
ともできない問題」だと自分に言い聞かせて下さい。何度も言い聞かせ
て下さい。それでも、でてくるようだったら、「比較検討」してみて下
さい。どうすることもできない問題が、今本当に思考すべきことなのか、
他の問題等と比較検討してみて下さい。




瞑想中ではなくても、ふとしたときに悩まされることもあるでしょう。
そんなときも、今考えるべきことなのか自分に問うてみて下さいね。




思考すべき問題や悩みが明確に振り分けられたら、後は大切なこと
から原因と対策を考えていけば良かとです。そして、導き出した答
えにそって行動せんといかんです。




釈迦は、問題や悩みから逃げて「無」を目指したわけではありません。
「無」を目指したから、悟ったわけではありません。自分のことも含
め、人々の問題や悩み等の原因、解決を模索していったから、また人
がより良く生きていくための方法等を追究したから、「悟り」の境地
へたどり着いたとです(*´∀`*)




それから、問題や悩み等の原因が分からないのに、また認識できてい
ないのに、無理に受け止めようとしたらいけませんよ。佳蔵院のブロ
グでは、「肯定」の必要性を書いているところがありますが・・・



受け止める、また肯定するということは、問題の原因が分かっている

ことが前提になります。原因が分かっているから、又は原因を認めた
から、受け止めることも肯定もできるとです。



原因が分からずに、又は認めることもできないままで、好ましくない
出来事を受けとめたり、肯定しようとすれば・・・



自分の正直な感情と無理に肯定しようとする脳が矛盾を起こします。



前回のブログのコメントに関係しますが、好ましくない出来事を試練
だと心から肯定できれば、若しくはストレスを感じず試練だと受け止
めることができれば、その思考に間違いはないと思います。



しかし、試練だと無理に思い込んだ結果、又試練だと思い込ませるし
かできない出来事が続けば、なぜこんなに望まない出来事が起きてし
まうんだろうと・・・ だんだん嫌になってきます。



なぜ?と思う、その矛先を好ましくない事象だけにとどめていると、
好ましくない出来事に押し潰されちゃいます。なぜ?と思う、その疑
問を「目的」として瞑想するわけですたい。



なぜ?好ましくない出来事が起きるのか、その原因を追究するとで
すたい。



原因が認識できるようになって、ようやく受け止めることも肯定もで
きるようになるとです。原因が分かれば、嫌でも認めるしかないとで

す。だから、矛盾を生じず、ストレスも生じないとです。



好ましくない出来事を試練だと思えば、気が楽になる部分もあるでし
ょう。それで、乗り越えていければ、それは間違いではありません。
けれど、試練と考えるようにしても、納得できていないようでしたら、
それは「原因」が分かっていないということになります。




好ましくない事象だけにとらわれていると、何も改善されません。好
ましくない事象が起きる原因を追究していくことこそ、「試練」の第
一歩ということですよ。単に好ましくない事象を受けとめ、又肯定す
ること、若しくは耐えることが試練というわけではありませんからね。




前回のブログに、「問題やマイナス的な感情が、なぜ起きるのか・・・
それらを追究していくと、ほとんどの原因は皆さん共通しています。」
と記載しています。



ほとんどの原因は皆さんに共通すると書いていますが・・・
さてさて、その共通する原因とは何でしょうか?ちょっと考えてみて下
さいねぇ(*´∀`)♪


「原因」を追究していくと、必ず共通するものが出てきます。皆さん
の原因は、実は同じなんです。原因の程度の差はあるかと思いますが、
原因の一部でも、ほんのわずかであっても、必ず共通します。



これかなって思うものがあったら、コメント欄へお願いします。皆さ
んに共通することだと書いていますので、ご自身の出来事の原因を追
究していけば、答えを導きだせますよ (屮´エ`)屮カモーン


この機会に、ご自身の問題や悩みの原因を追究してみて下さい。

 


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コメント: 13
  • #1

    YS (日曜日, 15 6月 2014 10:03)

    佳蔵院さま
    初めてコメントいたします。

    「必ず共通するもの」
    それは「他人との比較」でしょうか?
    過去のブログ記事を拝見し、たびたび出てくるキーワードが「他人との比較」なので、そうかと思いました。

  • #2

    吉田 (日曜日, 15 6月 2014)

    佳蔵院さん、お久しぶりでしす。

    自己愛ですかね~。抽象的な答えですけど。

    仕方ないから嫌々してる事が多いと、(自分はしてるのに)誰か他人がそれをしてないと腹が立つ事が多くなる、とか。

    ちゃんと納得した上で行動してない。

    自分の内面の問題が外に投影される、とか?
    その内面の問題の源は、自分の色眼鏡を通してしか相手をみれないから、他人がちゃんと見えてない。とか?ですか?

  • #3

    佳蔵院 (月曜日, 16 6月 2014 08:05)

    YSさん 吉田さん コメントありがとうございます。

    なかなか良いところに気付かれていますね(*´∀`)
    皆さんに共通することですので、もう少し幅を広げ
    られたら、佳蔵院が思う答えになります。

    佳蔵院が思う答えを具体的に挙げていったら、お
    二人の答えになってくると思います(*´∀`*)

  • #4

    (月曜日, 16 6月 2014 12:38)

    佳蔵院さん  御無沙汰しております。

    「感謝」の気持ちでしょうか、それを忘れてしまうと何もかもがモヤモヤしてきてだんだん人との比較や なぜ自分だけなどと思うようになってしまうと・・・

    なかなか瞑想に深く入れきれずなんとなく過ぎてしまう日々の方が多い毎日ですが、この1年で焦らないでゆっくり時を待つという方法?を少し身に着けました!
    何か起きてもいったん深呼吸して一人先走らないようにがんばっています!(^^)!

  • #5

    ゆき (月曜日, 16 6月 2014 22:46)

    難しいですが……
    今まで生きてきた中での、生活・経験ですか?
    比較も自己愛も感謝も思います。
    すごく抽象的で、幅広ですね。

    大我の境地になれればいいのかな。

  • #6

    佳蔵院 (火曜日, 17 6月 2014 07:04)

    Kさん ゆきさん コメントありがとうございます。

    答えの方向はあってますよぉ(*´∀`)

    みんなが共通することですからねぇ。

    ヒントとして・・・
    好ましくない事が起きたときを考えてみて下さい。
    また、幸せな事やプラス的な感情の原因も、共通し
    ます。

    もっと簡単に考えてみたほうが良いですよ(¯―¯٥)

    次回のブログで、答えを書きますからね。それまでに
    これかなって思うものがあったら、コメントに書いてみ
    て下さいね。

  • #7

    トミイ (火曜日, 17 6月 2014 15:27)

    佳蔵院さま

    いつもお世話になっております。
    瞑想について質問がございます。

    「瞼の裏に映る白い点」ですが、この白い点は、
    一つだけ見えるものでしょうか。
    それとも複数点在して見えるものでしょうか。
    また、大きさはどの程度なのでしょうか。

    見よう見ようとして見るものではないことはわかっては
    いるのですが、いちおう、こんなかんじで見えてきます、
    ということを事前に知っていると、おーこれかー!と、
    白い点を認識しやすいのかなと思いまして・・・

    よろしくお願いいたします。

  • #8

    佳蔵院 (水曜日, 18 6月 2014 08:41)

    トミイさん コメントありがとうございます。

    最初の頃、白い点は複数見えたりする人がいます。
    基本的な瞑想状態に安定して入れるようになると、
    白い点は一つになります。(初めから、一つしか見
    えない人もいます)

    白い点の大きさは、物差しをもって測ることはでき
    ませんので、感覚を基に大体の大きさを言います
    と、最初の頃は1ミリよりやや大きいぐらいか、同
    じぐらいでしょうか。

    瞑想に慣れてくると、ぼやけた白い点の淵がなく
    なり、又別の表現で言うと、淵の緩やかな凹凸が
    なくなり、初めの頃の大きさより、少し引き締まっ
    た白い点になります。(形が整った感じがします)

    瞑想に慣れてくると、白い点の形は綺麗な円と
    は言えませんが、四角の角が取れたような円
    に近い感じがします。(瞑想の期間が長くなれ
    ば、ほぼ円に近くなります)

    白い点が見える場所は、初めの頃は瞼の裏の
    中央からズレた所にあるかもしれません。瞑想
    に慣れてくると、中央に白い点が見えてきます。

    楽しみながら、基本的な瞑想を身に付けて下さ
    いねぇ(*´∀`)♪

  • #9

    トミイ (水曜日, 18 6月 2014 12:57)

    佳蔵院さま

    丁寧な解説ありがとうございます!
    瞑想も続けていくうちに、いろいろ感覚が変わっていくのがおもしろいです。
    今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

  • #10

    ej (木曜日, 19 6月 2014 13:07)

    桂蔵院さん
    お疲れ様です。
    先の鑑定では大変、お世話になりありがとうございました。
    お陰さまで父親の容態は今の所、安定しております。

    自分に置き換えると、本人の思考と言霊かな?と思います。
    過去5年間、言霊の大切を教えられ実践してきた中で、
    他人から不幸な出来事と思われても、本人の解釈では
    それは不幸では無いと言う事も有り得るのかなと考えています・・・・出来事の度合いにも依りますが。愚痴や不満を口に出していると必然と良くない結果に至っていると思うのですが。

  • #11

    佳蔵院 (金曜日, 20 6月 2014 20:20)

    トミイさん ej さん コメントありがとうございます。

    トミイさん 楽しみながら、瞑想を行って下さいねぇ。

    ej さん お父さんのご容態が落ち着かれて何より
    です。ej さんの思いが通じたのでしょうね。


    「本人の思考」 良いお答えですね(*´∀`*)
    早ければ、明日ブログをUPする予定です。そこで
    答えを書いていますので、ご覧下さいね。

  • #12

    Mark (金曜日, 20 6月 2014 20:52)

    ご無沙汰しています。

    この記事を何度か読み返しながら失敗の経験を思い出してみると、何故そういうことになってしまったのか納得がいきました。

    共通する原因は、「欲」だと思います。

    次のブログも、振り返る内容が明らかになりそうで楽しみです。

  • #13

    keizo-in1 (土曜日, 21 6月 2014 07:51)

    Markさん コメントありがとうございます。

    はい、「欲」も原因の一つになりますよ。

    このあと、ブログを更新します。けれど・・・
    ちょっと拍子抜けされるかもです(;¬_¬)

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