瞑想を通じた原因と改善


前回(人生の目的)の続きの前に予定を変更し、コメント欄でのご質
問に対して、瞑想に関したことをざっくり今回は書きます。

急いで書きますので、分かりにくいブログになってしまうかもしれま
せん(¯―¯٥)




前回のブログのコメント欄に、以下のような投稿を頂きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は感情のコントロールが出来ません。浮き沈みが激しく、ふつう
の状態がないと言われます。浮いているときは楽しいのだと思いま
す。笑っています。でも、そうでないときは誰が見てもわかるよう
な不機嫌な感じです。自分にとって嫌なことがあってそれを全部受
け入れてしまうからそうなるのですが、他人にとってはなんてない
ことでも、私にはふかく刺さるようです。それが全て表に現れて自
分も嫌だし、他 人もそれを放っておいてはくれないのです。
会社でも疾く家に帰って1人になりたいと、それだけを思って仕事
をしています。人と話すのも、話しかけらるのも イヤなんです。
こんな私には話しかける相手も嫌でしょうが・・・
この状態から抜けたいとおもいます。たぶん、これが私の一番の欠
点で変えなければならないところだから。これを抜けるには瞑想を
通してどのようにしたら良いのでしょうか?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


以下、皆さんを対象にして書いていきます。



まず、「瞑想」がどういうものなのかを理解して下さい。「瞑想」
という字の意味をそれぞれ以下に書いてみますと・・・


「瞑」:目を閉じる

「想」:思う、考える


上記の二つが合わさって、「瞑想」です。瞑想を神秘的なイメージ
でとらえてしまう人がいますが、「瞑想」は現実主義です。



ブログにて度々書いていますが、瞑想は「無」になることだと思っ
ている人が沢山います。「瞑想」の字を見れば一目瞭然です。

「思考」することが瞑想なんです。




もし、瞑想が「無」になることだとしたら、「瞑想」という字はあ
てないことでしょう。「無想」や「否想」のような文字が含まれた
表現になっているはずです。



また、現実主義という点においては・・・
釈迦をみればよく分かります。釈迦は瞑想を通じて悟りました。そ
の悟りは、八正道等を通じて人がより良く生きていくための方法等
を教えています。


「八正道」を検索してみて下さい。今の時代からすると、当たり前
のようなことを書いてあるかもしれませんが、当時の宗教等の影響
や科学的物理的見地が乏しい時代においては、まさしく現実の生活
に沿った教えであったと思います。(今の時代からしてみれば当た
り前のようですが、しかしそれらを実践することは、かなり難しい
ですよ)



釈迦は先祖供養をすれば救われるとか、また呪文を唱えれば好転
するとか、そのようなことは一切言っていません。現実に沿った
生き方を教えています。釈迦(仏)の教えだから、「仏教」と言
います。

決して・・・
「神仏の力を借りて」、良い思いをして生きていこうとする教え
ではありません。

 


釈迦は出家したあと、いろんな人と出会い、人がより良く生きてい
くためにはという視点から修行し、又瞑想を行っています。

人がより良く生きていくためにはという問題に対する答えを追究し
続けたから、悟りへたどり着いたわけです。「無」を目指して、答
えが導き出されたわけではなかとです。



考えたら分かりますよね。ぼぉ~っと何も考えずして、答えが導き
出されると思いますか?例えば、足し算しか知らない小学生が「無」
になれたとして、微分積分の問題が解けますでしょうか?

解けるわけがないですよね。微分積分の問題を解くためには、掛け
算や割り算、方程式等を理解し、微分積分の問題が解けるまでの過
程を理解しなければ解けませんよね。



問題や課題を解くためには、目の前の問題(小学生にとってみれば、
掛け算や割り算)に対する答えを追究し、更に次のステージの問題
(方程式等)や課題に対する答えを追究していくことで、目的とし
た問題(微分積分)が解けるとです。



何も考えず、ぼぉ~っと無になれたことで、微分積分が解けるわけ
ないでしょうが。もっと現実を見らんば!無を目指すなら瞑想では
なく、体を動かせば簡単に無になれます。

 

 

 

 
瞑想は思考していくものです。思考過程の中で物事の真理を理解
し、実践していくとです。物事の真理が分かれば、行動も楽にな
ってくるとです。



そこで、どのように瞑想を具体的に活用していくかですが・・・
リラックスや腹式呼吸を終え、瞑想状態が確認できるようになった
ら、自分が抱いている問題について思考していきます。(まだ瞑想
状態が確認できていなくても、構いません)

コメントを例に瞑想を行っていくとすれば・・・
まず、理想とする自分を想像して下さい。瞑想を始めたばかりの人
でしたら、瞼の裏に写真のような映像を映せなくてもいいです。想
像で構いません。



理想とする自分に成ることが瞑想を行う目的とします。理想とする
自分に近付くためには等の視点から、現実の自分をみてみます。理
想とする自分の立ち振る舞いや表情等と比べ、現実の自分をみてみ
ます。違いがある事をはっきりと認識できた上で・・・

問題提起します。



何故理想とする自分に成れないのか?←これが問題提起です。
嫌な状況から抜け出せる事を視点にして、問題提起するわけで
はありません。



何故理想とする自分に成れないのか?その原因は?と思考して
いきます。



原因を考えると、自分なりに色々と出てくることでしょう。いろい
ろ出てきた原因について、更に何故その原因が起きるのか等を思考
していきます。



例えば、理想とする自分に成れない原因は何故?と考えたあと、
不機嫌になってしまうからという原因が分かったら・・・ 
次に、何故不機嫌になってしまうのか?を思考していきます。



不機嫌になってしまう原因も、色々あるでしょう。色んな状況があ
るでしょう。不機嫌になってしまう原因が、同僚のある言動だった
として・・・ 何故同僚のある言動から自分が不機嫌になってしま
うのだろう?と、更に思考を煮詰めていきます。

 

 

まぁ、このような丁寧に原因を追究しなくても、自分が不機嫌にな
ってしまう理由は分かるはずですけど・・・ このよにして、原因
を追究していきます。

 



ここで、以前のブログに書いていたことを思い出して下さいね。

それは、物事の事象には良いも悪いもない、若しくは幸せや不幸は
ないということです。物事の事象から、良いか悪いか、若しくは幸
せや不幸を判断しているのは、自分ということです。



上の例で言えば、同僚のある言動そのものに、良いか悪いかは存
在していません。良いか悪いかの判断をしているのは、自分にな
ります。自分の基準に合わないものは全て悪になり、自分の基準
内であれば善となります。



しかし、自分が同僚の言動を悪と判断したとしても、人によっては
同じような同僚の言動に遭遇したとき、善と判断する人もいます。

例えば、仕事中に同僚から厳しく怒られたとします。その怒り方が
自分の基準からすると悪になったとしても、人によっては善と判断
する人がいます。



そこまで怒らなくても良いだろう。怒るにしても、もっと違った言
い方があるだろう等と、自分の経験や立場が基準となって、同僚の
言動を悪と判断してしまうことがあります。一方、人によっては厳
しく叱ってくれたことで、怠慢な道へ進んでいた自分を軌道修正で
きた(善)と思う人もいます。



つまり、同僚の言動(怒り方等)自体には、決まった判断(善か悪)
は存在しないことになります。善か悪かを判断しているのは、自分
ということが分かります。



このような事を踏まえて、自分が不機嫌に思う事を改めてみてみま
す。違う視点や立場からみたとき、物事の両面が分かるはずです。



以上のような事は皆さん分かっているはずですが・・・
不満の中で過ごしているときは、物事の両面がほとんど見えていま
せん。というより、見ようとはしない人が多いです。

物事の両面を見ようとすれば、目の前の事象は自分の見方次第で、
いくらでも変化させられるということが分かります。



瞑想を通じて、以上のようなことを自分にしっかり認識させます。
そして、原因の改善を行います。



原因の改善とは・・・ 上の例で言えば、怒られた原因に自分の怠
慢があったとしたら、放っておいた仕事をやれば解決します。仕事
に対する自分の態度が悪かったら、態度を改めると解決します。


しかし、問題の本質は・・・
自分が改めれば解決するということが分かっていても、それができ
ないというところでしょう。



何故、分かっていても改善がきないのか?若しくは、何故改善しよ
うとしないのか?



それまでの原因追究の中に、自分の「感情」が邪魔しているという
ことにも気付いたはずです。自分の「感情」が、素直に改めさせな
いようにしておるとです。



例えば、「なんで、あんたからそがんことば言われんばいかんとね」
「偉そうに、なんば言いよっとね。自分の事は棚に上げて、人に言
うな」等のように、相手の意見を受け入れる前に、自分の感情を優
先しています。




ここで更に原因を追究していきます。何故、自分の「感情」が優先
されてしまうのか?瞑想を通じて追究していきます。



前回のコメント欄にも書いていますが・・・

自分の感情が優先されてしまう原因の一つに、感謝の気持ちが無い
ということがあります。また、理想とする自分の姿が無いからです。

 

感謝の気持ちが無いということは、相手を尊重できていないという

ことにもつながります。また、仕事を尊重できていないということ
にもつながります。そして、理想とする自分の姿が無いということ
は、生きる目的が無いからです。



感謝の気持ちが無いから、又尊重できていないから、周囲との良好
な関係を築けないということが言えます。そして、「命」の尊さ、
又人生の意味を自分なりに考えてこなかったから、生きる目的が見
い出せず、周囲の人や仕事等の重要さより、自分の感情を優先させ
てしまうということがあります。



原因の改善策として・・・
例えば、感謝の気持ちが足りないのかもしれないと思ったとしたら、
どうすれば感謝の気持ちを持てるようになるだろうか?と思考して
いきます。



感謝の持ち方は、ブログ内でも紹介しています。メルマガでも触れ
ていますが・・・ 感謝の気持ちが無い、若しくは足りないことを
補うために、どうすれば良いのか?自分なりのやり方を追究してみ
て下さい。人によって原因は様々ですので、感謝の持ち方も変わっ
てくることでしょう。

 


以上ような流れで原因と改善策を練っていきます。原因が分かれ
ば、改善策のほとんどが導き出されます。あとは、自分がやるか
やらないかの問題です。やれないとしたら、そこを問題として更
に原因を追究していけば宜しいです。



瞑想中に改善策までを導き出せたら、その改善策を行って、理想
の自分に近付くイメージや想像を行っていきます。瞑想を勧める
理由は、単に原因と改善策を追究するだけでなく、瞑想中に改善
策や好ましい自分の姿をイメージ、又は想像していくことで・・

いつの間にか、瞑想中にイメージ、又は想像したことが現実とし
て現れたりすることがあるからです。



この絡繰りについては、次回のブログにて書いていきます。絡繰り
まで、全部を書けるかもと思っていたのですが、やっぱり1回のブ
ログでは無理みたいです。

急いで一気に書き上げてしまいました。文脈のおかしいところがあ
るかもしれません(;¬_¬)




「人生の目的」に関連したブログは、次回の瞑想のあとに書きます。


最後に、前回のブログで書きました「人生の目的」に関連したこと
ですけど・・・  諺の『 天は自ら助くる者を助く 』という意味を
良く考えてみて下さい。まずは、自分で考え行動しなければ、道は
開かれません。

 

次回のブログは、深い瞑想から神仏の世界(潜在意識)へです。



過去のブログは、左メニューのブログをクリックすると、クリック
したその下にでてきます。
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コメント: 19
  • #1

    雅子 (月曜日, 20 10月 2014 20:00)

    佳蔵院さま

    ありがとうございます。
    今、自分の中に落とし込んでいます。
    素直に佳蔵院さまのお言葉を理解して実践します。

    感謝をしているつもりで。実際は感謝や尊重などしてない自分が見えてきました・・・悲しい人間ですね。
    瞑想をしながら試行していきます。
    自分がどうありたいか・・・裏表・・・
    うわぁ・・・
    パニクってます。
    佳蔵院さま 本当にありがとうございました。


  • #2

    雅子 (月曜日, 20 10月 2014 20:06)

    試行

    でhなくて 思考です

    誤字・・・申し訳ありません

  • #3

    あき (月曜日, 20 10月 2014 23:52)

    こんばんは、最近のブログを拝見させて、頂いき、頭のカ片隅にいつもある事なので、複雑な思いでした。私には、自殺願望のある知り合いがいます。ラインでも、死にたいコメントやら、リスカの写メやら、送ってきます。病気なので彼女に責任は、ないっと思うのですが正直、送られる私の気持ちは、考えないのかな?っとか、昨日は、思いやりの心で頑張るって言ってたのに、忘れたのかな?っとか、疑問符ばかりが残ります。どんな言葉をかけても、所詮、彼女は、答えが決まっているので私の言葉に耳を貸しません。とりとめもない話で、落ちもなく、申し訳ありません。ただ、生きてる意味を彼女から、問われた時、上手く言えなかったのも、引っ掛かっていたみたいです。機会があれば、引用させて頂きます。

  • #4

    佳蔵院 (火曜日, 21 10月 2014 08:32)

    雅子さん コメントありがとうございます。

    ブログやコメントをご覧になっている方にとって、
    進行の流れがわかりにくくなりますので、前回の
    ブログへ頂いたコメントをこちらへ転記致します
    ね。以下、前回雅子さんより頂いたコメントです。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    厳しく真を突いたコメントありがとうございます。

    私は我が強いです。

    自分の価値観に合わないものを否定しています。

    そうです。自分だけの価値観だけで生きていま
    す。

    自分だけを押し付けて幸せになんかなれないで
    すよね。

    このことに気付いてはいるのになおしてない自
    分がダメなんです。
    ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
    そして、今回頂いたコメントも含め書かれていた
    ことが、瞑想では「認識」に当たります。自身の
    状況をしっかり把握した上で、次の瞑想過程に
    入ります。引き続き、瞑想を通じてどのようにや
    っていくか、又瞑想を通じての作業が生活の中
    でどのようになっていくのかを次回のブログで
    紹介します。



    あきさん コメントありがとうございます。

    自殺願望がおありの方は、自分の事で精一杯
    です。なかなか周囲への思いやりまではできら
    れないことでしょう。思いやりを持てない、気遣
    いができないということを前提に、優しく包んで
    あげるしかないかもですね。

  • #5

    雅子 (火曜日, 21 10月 2014 18:10)

    佳蔵院さま

    返信ありがとうございます。
    認識は出来てきたようです。
    尊重や感謝もしてないことも。

    でも、どうやってやるかわからないです。
    感謝の事について書かれているブログがみつからないんです。(;_;)

  • #6

    keizo-in1 (水曜日, 22 10月 2014 12:02)

    雅子さん コメントありがとうございます。

    感謝についての記事は、所々にコメント欄も含め
    書いていたと思います。最近は瞑想に関したこと
    を書いていますが、最近のブログに出てこない瞑
    想に必要な事も過去のブログに書いているつもり
    です。この機会にざっと目を通してみて下さい。

    感謝の持ち方等について、次回のブログでも簡単
    に紹介しています。又後々のメルマガでも触れて
    います。ご覧下さい。

    瞑想は思考することです。感謝の持ち方等につい
    て分からない時は、どうすれば持てるのか、自分な
    りに考えるということも必要だと思いますよ(¯―¯٥)

  • #7

    藤倉 (水曜日, 22 10月 2014 15:51)

    佳蔵院様メルマガありがとうございます。

    とても興味深い内容でしたが、
    以前、左目を悪くしてしまい、呼吸法は、長くできないみたいなんです。
    それで私としては、普段食事は毎日僅かしか取ってません。トースト一枚におりんご一個程度なんです。ですのでいつも呼吸法をやった後と似た感じになってます。
    瞑想もたま〜にやってまして、自然に座っていたくなる時があり、その時は何時間でも座っている時があります。
    とり得てなにか考えるというより、意識の世界と云うか、私の行きたいところへ行って意識の世界で好きな処で何時間でも遊んでいる感じです。これが正しい瞑想法なのかどうかは分かりません。
    勿論、食べない状態でなければ、10分座るのが限度だと思います。
    この様な食べない状態で、僅かな呼吸法で瞑想に入ると云うのは、どうなんでしょうか?それでしたら出来ると思います。
    お仕事、柄完全に食べない状態でいるのは難しいんです。
    どうか、よろしくお願いします。



  • #8

    雅子 (水曜日, 22 10月 2014 18:22)

    佳蔵院さま

    はい!読んでいきます。いつも丁寧なコメントありがとうございます!

    読んでないわけではないので。(^^;;

    少しまた質問よろしいしょうか?
    私は感謝も尊重も出来てないと認識しました。
    そして、悲しい事に信頼、信じることも出来ないと気付きました。
    感謝、尊重、信頼、信じること
    これは同じことなのでしょうか?




  • #9

    藤倉 (水曜日, 22 10月 2014 20:57)

    佳蔵院様、またコメントいたしました。

    時たま道を歩いて横を曲がったと思ったら、突然幸福で満ち足りた状態になったりします。
    幸せ、幸福、満足、私の体のなかから、じゎ~とそのような感覚が沸きあがる時があります。
    それは時たま、勝手に湧き上がって来るんですけれど、
    それでいつも思うことは、
    この先どうなってるの?
    なに、これって?
    なぜ急にこうなるの?
    って思うんですが分からずじまいです。

    先程も胃の調子が悪いのに、勝手に満ち足りた状態が起こってました。

    勝手に書かせていただいてますが、
    よく悟りを得た方で、物凄い幸福感が押し寄せて悟ったと聞いたりします。
    これって小さい悟りなのかなって思ったりましてます、確かに食べないの反動としてこのようなことが起こっても、不思議はないのかも知れないです。



  • #10

    佳蔵院 (木曜日, 23 10月 2014 09:33)

    藤倉さん コメントありがとうございます。

    状況を良くのみ込めない部分がありますが、瞑想
    状態は大きく分けると3段階(初級~上級)ありま
    す。その3段階において言いますと、食べていない
    状態、若しくは食べている状態のどちらにおいても、
    10分の複式呼吸等であった場合、「瞑想状態に入
    れるか?」というご質問に対して・・・

    初級:入れます。
    中級:入れる時があります。
    上級:難しいと思います。


    歩いていて幸福感を味わえるということは、心が健
    康的でいらっしゃいますね。

    「悟り」について、一般的には迷っている時や問題
    等がある時に、それらの真理等が分かることを
    「悟り」と言ったりします。

    幸福を感じることが悟りということではなく、例えば、
    幸福を得る仕組みが「分かる」等、このようなことを
    「悟り」と言います。しかし、感じるということは、悟り
    の一つの要素にはなると思います。瞑想に関連し
    て、視点は違いますが、次回のブログで幸福につい
    て紹介するようにしています。

    もしかしかしたら、藤倉さんの状況からしますと、メ
    ルマガVol.27(最終稿)で書いていることが早く
    できられるようになるかもしれません。(食にも関連
    した深い瞑想について書いています)


    雅子さん コメントありがとうございます。

    「感謝、尊重、信頼、信じること」は、それぞれ意味
    は違いますが、人と良好な関係を持つという点にお
    いては、それぞれ大切なことではないでしょうか。

  • #11

    藤倉 (木曜日, 23 10月 2014 10:35)

    佳蔵院様、ありがとうございます。

    感謝いたします。
    食べてないこと人に伝えたとしても、病気になるのでやめる様にと言われるだけだったんです。
    瞑想は、何故か特に夜暗くなると座っていたくなり、これが気分いいんです〜〜
    休日の前なんて、よく黙って座ってました。
    帰って来て電気も付けず、朝まで座ってる時もあり、瞑想の効果なんて何も分かりませんし気分が良いので座ってるだけでした。
    桂蔵院様のプログを読ませて頂いて、瞑想って正しく行うと色んな道を身出せるみたいですね。
    ただ目を患いましたので、桂蔵院様の折角のメルマガ読ませて頂いても少し気が引けてしまってます。
    食べない状態を保持しておれば、10回位の呼吸法で瞑想状態に入れるみたいなんです。
    これからのメルマガも楽しみにしております、ありがとうございます。

  • #12

    佳蔵院 (金曜日, 24 10月 2014 08:19)

    藤倉さん コメントありがとうございます。

    食事の量等に関しては人それぞれですので、体調
    や生活に合わせて摂るようになさって下さい。瞑想
    は生活や仕事等に応じて使い方が様々です。

    ご自身の目的によって、瞑想の使い方自体を自分な
    りに考案されていくと宜しいかと思います(*´∀`*)

  • #13

    雅子 (金曜日, 24 10月 2014 10:22)

    佳蔵院さま
    おはようございます。
    瞑想についてですが、私はやはり100%の確率で寝てしまいます。目覚ましをかけて起きるのですが、またすぐに寝てしまいます。いろいろとアドバイスを頂いているのですが、瞑想の確認も思考も・・・そこまでたどりつけないのです・・・それはそれで仕方のないことでしょうか?

  • #14

    keizo-in1 (土曜日, 25 10月 2014 08:46)

    雅子さん コメントありがとうございます。

    一回の目覚まし時計でも眠ってしまうということでし
    たら、携帯の機能等を利用して、その5分後、また
    その5分後・・・ 等のように初めから何回も
    目覚ましを設定されたら宜しいかと思います。

    以前も同じようなご質問を頂いておりましたが、腹
    式呼吸を限界まで、又複式呼吸に早く慣れるよう
    になさって下さい。腹式呼吸が出来ていない状態
    で、その後の事を心配なさっても、先には進みま
    せん。

    複式呼吸ができるようになってきますと、体内や脳
    内が活性され、頭はすっきりしてきます。例え眠っ
    たとしても、途中で意識が覚醒します。

    以前頂いたコメントに、瞑想中「だんだん眠くなって
    ねてしまったり、起きおてる時は退屈だぁ・・・」
    と書いていらっしゃいました。その起きていらっしゃ
    る時に、瞑想状態の確認や思考をなさって下さい。

    目線が瞑想状態の確認や思考に向けられていらっ
    しゃるようです。目線はそちらではなく、「腹式呼吸」
    に目を向けて下さいね。

  • #15

    keizo-in1 (土曜日, 25 10月 2014 08:52)

    補足します。

    眠ってしまうことに目を向けるのではなく、何故眠
    ってしまうのか?ということに目を向けて下さい。

    眠ってしまうのは、もしかしたら、腹式呼吸ができ
    ていないのでは?とお考えになって下さいね。

  • #16

    雅子 (土曜日, 25 10月 2014 12:51)

    佳蔵院さま

    腹式呼吸もできないんですね。私は‥

    地道にやるしかないですね。

  • #17

    佳蔵院 (日曜日, 26 10月 2014 12:24)

    雅子さん コメントありがとうございます。

    最初の頃、腹式呼吸は誰でも上手くできません。
    呼吸を限界まで行ったりしていますと、腹筋が筋
    肉痛になったりして大変です。

    しかし、そのような状態でも腹式呼吸を毎日に行
    っていくなかで、ようやく慣れていきます。

    複式呼吸も瞑想過程の一部です。その一部を省
    くことはできませんよ。

  • #18

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  • #19

    佳蔵院 (木曜日, 02 2月 2017 16:46)

    コメント ありがとうございます。

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